審判としてのつながり

昨年夏より東京都サッカー協会の派遣審判として活動しているのですが、審判技術レベル向上のために、非常に役に立っていると感じますし、なによりも審判仲間とも言える人たちができ、そして今日あらたにお手伝いをいただけることになり、感謝しています。

NSPクラブ全体としては審判資格取得については「やかましい」くらい言っているのですが、今年NSP CLUBは初年度になりユニフォームも新調するため新規取得に限っては一年猶予するという趣旨の話をしたところ、なんと所属選手で審判資格を持っている人が、私を除き一名だけしか更新しなかったため、慌てて審判で協力いただける方を募りました。
なんとかチーム内で資格を保有しているのが三名、帯同でNSP Grestaに参加していた鈴木くんがついてくれるということですがそれでも私を含めて一人足りなかったのです。

ところが先日T-1の審判をしたときのA2を担当していた彼が、快く協力を承諾してくれました。
3部にあがった段階では選手に前審や後審をやらせたくありませんから、その時はお金を払ってでも帯同を・・・と考えていましたが、今年はお金を払ってでも審判を雇わなければとしなければならなかったのですが、引き受けてくれる人がいてくれ本当に感謝しています。

その彼は高校生でS3級であり、当然ながら審判としての強化指定を受けています。
私というかNSPクラブとしては、今後全面的に彼をバックアップしていき、SRへの道ができるまで協力をしていきたいと考えています。
それくらい有望な審判が私たちのチームに協力してくれるというのは、本当にありがたいことでありそのお礼として上に行くための協力体制を敷こうと考えているわけです。

こういう審判としてのつながりも素晴らしいものだなぁと感じます。

この一週間の出来事

今週は平日からサッカーの審判と言うことがありました。

なんとT-1リーグの割り当てということで行ってきました。

割り当てってなんだ?という方のためにどういう仕組みになっているのか説明しますと、毎年夏にS3級審判向けに割り当てをもらいたい審判員への講習会があります。
昨年はクーパー走と筆記テストでしたが、国立霞ヶ丘で行われました。
そして翌月から東京都サッカー協会から日程確認のメールが送られてきて、それに土日の予定を記載して送り返すと、スケジュールに合っていた場合に派遣審判要請の連絡がきます。

昨年は主にU-15の高円宮とTリーグが来ましたが、年明けに「東京都社会人チャンピオンシップ向け審判研修会」という案内がきたのです。
東京都社会人チャンピオンシップは、東京都サッカー協会所属の社会人クラブチームが選抜され、トーナメントをしていくものであり、東京都社会人サッカーのトップを競うものとなります。
その審判は全てS3級から派遣されているため、150人の審判員がその研修会に出席し割り当てをもらうためにテストをこなしていくのです。

テストの点数は隣の人が採点しているためあっさりとわかってしまうのですが、私は八割程度というぎりぎりのところでしたが、二月にA2と第四審判員の割り当てがあり、そこで認められれば二次戦(決勝トーナメント)の審判割り当てがくるというものです。

私は残念ながら二次戦の割り当てが来なかった(といっても決勝戦だけはなぜか7月)ため、S2級審判の推薦は受けられないであろうと考えられるわけですが、少なくとも上を目指す審判は派遣審判もこなしていくことになります。

そして4/5は台東区チーム(NSP SIMBA)の練習に参加してきました。
プレーヤーとして登録して実際に出ているチームのひとつですが、最近は土曜日に少年スクールと、今年からチーム活動が始まるのでなかなか参加できていない状況でしたが、NSP CLUBの選手から審判証をあずかるため半分だけ練習に参加してきたという感じです。

4/6日曜日はC級指導者講習会でいっしょになったFC町田ゼルビアユースコーチであるじんちゃんこと神野くんのお招きで、U-18 T-3の試合の主審を担当してきました。
T-1の下部となるわけですが、運営の違いはなるほど区リーグのような感じでした。

審判が持ち回りということなのですが、S4級の審判ばかりなのとコーチが審判をやってしまうと・・・ということもあるため、私がお手伝いをさせていただいたのですが、こちらも良い経験となりました。
今後NSP CLUB Youthを作る計画をしておりますが、当面の目標としてT-3参加というのは掲げるべきだと感じた次第です。
そういう公式戦を通してU-18世代にも真剣勝負の場所を作ってあげることにより、将来サッカーで何かをする人が生まれるかもしれませんし、なにより「がんばってやった」という記憶を残すことにより、その次の世代に何かを生んでくれるのではないかと思っているのです。

もちろんNSPクラブの指導責任者である高木もそのあたりを考えているのですが、彼はそういうことを軽々しく口にしませんが、それは立場の違いであり現場責任者としての口の重さだと思っています。
代表としての工藤はそれと違い、やはり上の目標を口にするのが仕事だと思っていますし、選手を集める、スポンサーを集めるためにはそういう目標を掲げていることを言わねばならないというのが本音です。
そしてまたそれを実は高木と工藤の間で話がついているから「本当の目標」というのがどこかにあるのです。

少々はなしがそれてしまいましたが、90分の審判は良い経験をもらう時間になりました。

そして・・・本当は別件で出かける予定だったのですが、トップチームの参加者が少ないことが判明し、あわてて浦安へと行って来ました。
しかも・・・・・選手としてです。

25分×4本にフル出場したのですが、最初の二本は9人で戦ったためよく動きました。
しかも慣れないディフェンスゆえ、普段は監督として偉そうなことを言っていますが、選手から叱咤されながらラインのあげさげやマンマークを行ったのです。

木曜日からの四日間で90分+120分+90分+100分と合計400分走り通した体は、昨夜へろへろになりましたが、好材料としては肉離れが完治したのを確認できました。
まあ最後の二本はマークしていた選手に振り切られるシーンがあったのもありましたが、それでもなんとか結果は一失点のみですみましたので、悪いイメージはなく練習試合を終えることができました。
43歳の体には非常にきつい四日間ではありましたが、良い体験をした四日間でもありました。

来週からはスクールとジュニアチームの練習がありますし、土日はまたまたサッカー三昧というところでしょうか。

4/13はFC町田ゼルビアユースの帯同として、T-3の主審を担当してまいります。

指導者としての心構え

少年コーチとしてのスタートは20歳の時であったが、私のスタンダードは小学校のときに教えてもらった先生方の指導方針がそれである。

厳しい練習であるとは感じたが、考えてみれば怒鳴られたり、叱られたり、罰則というものはなかった。

振り返って現在、自分も社会人でのミスは別として少年に対してどういう言動をしているかといえば、練習での態度は別として、そのプレイに対して叱ったりするようなことはない。
子供がどういうプレイをしたのかは見ればわかるし、練習時であればフリーズをしてその意図を聞くことができる。
そのプレイが正解かどうかというのは、その次のプレイに現れてくるのであるが、少なくとも「絶対に間違い」というものはなく、選択肢は多岐に渡るのである。

それを指導者の考えと違うからといって「違うだろ!」とか「なにやってんだよ!」「そこは○○にパスだろ!」などとやってしまっては、選手の選択肢を一つに絞ってしまう結果になりかねない。
選手の考えを聞き、それ以上に良い選択肢が本当になかったを考えさせ、より良いプレイに結び付けさせるのが指導者の役割であり、ベンチで恐い顔をしてにらんだり大声で怒鳴ったりするのが指導者ではないと思っている。

それぞれ指導者にも考えはあるだろうが、少なくともこれが高木と私の指導方針であり、決して「プロだけを育てる」サッカーをするつもりがない。
特に少年期においてサッカーを楽しいものだと思ってもらうことこそ重要であり、厳しい練習は必要だとしても、厳しい言葉や態度は必要がないと考えている。

実は社会人にも言えることだと思っているのだが、社会人においてはその練習や意図を伝えておいて、駄目なら公式戦であれば交代をしてもらうことになってしまう。
その点、北区リーグにおいては交替選手はある程度自由であるため、選手を試すにはもってこいの場所である。
新入団選手を試したり、伸び盛りの選手を試すこともできるわけで、ミスをしたとしても交代枠が比較的自由であるため、ある程度の冒険は可能なのである。

都リーグに臨むにあたり、北区も戦っていると言うのはそういう意味で非常にありがたいそんざいである。
だからといって北区を捨てるなどと言う考えは一切ない。

社会人チームにおいて監督の姿はさまざまであろうが、私のスタンスとしては考えだけを伝えて、そのプレイの正確さ、ミスのチェックをすることが主となっているのは事実である。
ここが少年との最大の違いであり、ある意味できあがっている選手をどうこうするなど、社会人にいたってはまず不可能であると考えている。

少年と違い移籍もかなり自由であるため、スタイルがあわなければ退団というのも比較的容易ではある。
だからこそ運営が難しいと言う側面もあるが、チームを活性化するためにはある程度の退団者はやむを得ないと割り切らねば、新陳代謝のあるチームにはならず、ただ年老いて解散となってしまうことは必至である。

NSPクラブは新陳代謝をしていくこともそうであるが、一生を通してスポーツに取り組むものを考えている。
トップチームでのプレイが難しくなれば、下部チームやシニアなどでの活躍ができるような仕組みを作っていかねばならない。
それによりトップが本当の意味でのトップチームとなれるよう、切磋琢磨できる環境にしなければならないわけであるが、そこまでどれくらいの時間がかかるだろう。
しかし努力を続けなければできないのもまた事実である。