カテゴリー: 代表のつぶやき

平成23年も終わりに近づき・・・

今年はあまりにいろいろなことがありました。

1月にはジュニアユースの無期限活動停止を宣言し、2月には社会人の一年間の休部を宣言しました。
成太は昨年、ランポーレの監督になることが決まっていましたし、どうなるんだろうなどと考えながらも、なんとかスクールだけ続けてこられたのは、来てくれる子供達がいるからだと感じています。
本当に感謝です。

社会人は復活のためメンバーをどうするか動いているところですが、2月に登録するためにも本気でやらねばなりません。
本気でやろうとする選手がいないのであれば、もう一年休むつもりでさえいます。
他から見ればサッカーは遊びなのかもしれませんが、遊びだけではなくアマチュアとしてどこまで自分たちができるのか限界をさぐる・・・そういうチームにしていきたいと考えています。
だからこそ社会人の負担金に関してはきっちりしたいですし、それも含め「やる気」だと思っています。

スクールは今年始めたときの数と変わらずにこられました。
成太が直接指導しないという中でやめるという選択肢もありましたが、平日に練習ができない子供達に、それぞれのスキルアップの場を提供するという目的があり続けてきました。
そこにご協力をいただいた皆様には本当に感謝いたします。
ありがとうございました。

工藤個人としては一年間自分がサッカーをやる場がなかった(監督を含め)ため、FC台東U-15にコーチとしてお世話になりましたし、審判としてはたぶん一番数をこなしたシーズンであるとも考えます。
割当だけでも5月から11月まではほぼ毎週のように入っていましたし、それ以外も台東の帯同、メトロポリタンリーグやJ下部の招待大会の審判など、ほんとうにさまざまなカテゴリの審判を担当させていただきました。

周りから「無理するとあんたもおじさんなんだからアキレス腱切るよ」とか言われていますが、そんな中でもなんとかこうやって続けられているのは、多くの先輩や仲間のおかげだと思っています。
死ぬまでサッカーだと思っていますが(笑)88歳で金色のユニフォームでゴールを決めるその日まで、フィールドに立っていられればと願います(爆)

JリーグやJFLに関しては文句なしです。
コンサドーレのJ1昇格が決まり、住んでいる場所のホームであるFC東京もJ1返り咲き、そして指導者研修会の仲間である柳崎が所属するFC町田ゼルビアのJ2昇格と、私が願うすべてが叶ったシーズンです。
来年はJ2では仲間がいる横浜FCを応援して行きますし、J1はもちろんコンサドーレ札幌を応援して行きます。
ただ、今年のようにあちらこちらに行くことは難しいでしょうから、関東圏での試合中心・・・しかも自身の予定がないときに限定されそうです。

ゼルビアに関してはホーム初戦に行きたいですね。
ヤナギのJリーグデビューを見たいと思います。
この日だけは割当もなにもキャンセルして野津田に行こうと考えます。

来年もサッカー、サッカーです!

葛飾区長がFCバルセロナサッカースクール誘致のため手紙?

一言でいわせてもらえば「ばっかじゃねーの?」ですよ。

私が現状反対しているとはいえ、葛飾区サッカー連盟が推している(それが問題の根幹なのですが)葛飾ヴィトアードなるクラブができました。
そうした動きとバルセロナのサッカースクールをどう両立させるわけでしょうか。

どんなに頑張ってみたって、サッカースクールの受け入れはごく限られた子供にしか機会を与えられず、そこに行く子供と行かない子供でサッカーへの取り組みが違うと判断される可能性さえあるわけです。

もちろんFCバルセロナという世界的にもビッグクラブのスクールができるのは、一部の方向では良いことかもしれません。
しかし、それを葛飾区が誘致しようなどというのは、あまりにもおかしいことであると考えます。

その前に義務教育をなんとかしろよ!と教育のブログでも言っておりますが、そちらに力を入れるべきだと思いますし、葛飾ヴィトアード&レスチのスクールを利用するなどの方向性もあるわけですから(うちも細々とNSPクラブサッカースクールをやっていますが(苦笑))もっと行政として考えるべきではないでしょうか。
区民のためというのであれば、まずは区内の関係者がどう動いているかを考えるべきです。

森孝慈さんのご冥福をお祈りいたします

サッカー界には多大なる尽力を賜った方の一人である、森孝慈さんが7月17日駒沢公園の向かいにある東京医療センターでひっそりと亡くなったとのことです。

森さんといえば私が子供の頃は三菱重工の主軸選手で、その後日本代表監督をつとめられ、浦和レッズ創設にも関わった方でした。
なでしこジャパンのワールドカップ優勝の裏で大きなニュースとして扱われませんでしたが(私も成太のブログで知ったくらいです)、日本サッカーは大きな方を失ったのだと思います。
もちろん森さんが育てた人たちはもっといるわけで、日本サッカー界は安泰(?)なのでしょうが、やはりこうした方を亡くすのはなんとも残念なことです。