横浜Fマリノスの身売り話に思うこと

いろいろ考えることはあるが、オーナー企業が変わってチームが変わるのであれば(ただし良い方向に)良いことなのではないかと思う。

世界的に見て、人気リーグ(特にイングランドプレミアリーグ)のトップチームは外資になっているところも多く、ましてや優勝争いや欧州チャンピオンズリーグで活躍するような状態をみるに、良いことなのではないかと思う。

個人企業に近い形で云々という人もいるかもしれないが、それは過去ACミランのベルルスコーニだって似たようなものだし、チームを愛し、強くしてくれるのであればということであれば、魅力的なオファーとなるであろう。

特に日産はもうダメだと思ったのは、みなとみらい撤退以降の流れからであり、それを今の運営に変わってから復活できたのだからもう日産の力はないと見ていい。

日産サッカー部を懐かしむ声があるのもわかるし、日産にいて欲しいと思うのもわからなくはないが、私が過去にさまざまな思いがある読売クラブは、ヴェルディと名前を変えた後に、中身は全く変わってしまっていった。

マリノスと大きく違うのは、ヴェルディの場合は「よろしくない方向」に歩を進めたことであるが、マリノスが復活を果たしたことを考えれば、これはいいことになるのだろうと想像する。

もちろん結果が出なければあっさりと撤退するのは外資の常であるが、某国の金持ち以外は歓迎だと私個人は思う。

「じゃあおまえはISHIYAのロゴがなくなっていいのか?」と問われれば辛い部分はあるが、もしもISHIYAが今以上の協力ができなくなったりすれば、運営体制を含めて変える必要があると思っている。

現在はフロント営業の努力によって財務体制が少しずつ整ってきたが、今のような結果を出し続けるにはもっと財務基盤を整える必要がある。

もちろん石屋製菓に継続してご協力いただきたいし、ISHIYAのロゴを尊重するが、今後ビッグチームになる覚悟を決めた時には、オーナーとなる企業にはISHIYAを尊重していただきたいと願うが、かなわない場合には断腸の思いで新しい体制を応援する覚悟である。

今回の横浜Fマリノスのサポーター、ファンの皆さんにはいろいろ思うことがあるかもしれないが、チームの変革を見守って応援していってほしいと思う。

レフェリーを目指す若者へのエール

最近はユース審判員も増え、頼もしい若者たちが多く審判員として活躍しています。

しかしながら、彼らは成長過程であり私達大人が間違った対応をしたなら、ゆがんで育ってしまう可能性もあります。

できるだけまっすぐに、できれば将来はJリーグなどの大舞台でレフェリーができるような審判員となってほしいと願うからこそ、少し苦言も交えて書いてみたいと思います。

私が若い頃なんて、レフェリーを志すなんてのはこれっぽっちも思ったことがありませんでした。

レフェリーを意識したのは自分がコーチ兼任で入ったチーム、つまりは30代中盤以降でしたが、東京都三部の試合でゴールキーパーをやっていた時、肩甲骨の一部を骨折する怪我を負ったことからレフェリーという存在への意識を深めました。

つまりはそれまではレフェリーは「仕方がないからやっていた」というものでしかありませんでした。

偶然なのですが28歳くらいの時に、実は審判員として上を目指さないかというスカウトも受けたのですが、当時は自分はプレーヤーとしてしか興味がなかったため、全くレフェリーをやるなんてことは考えていませんでした。

たまたま中体連の帯同で「やらざるを得なかった」時に、声をかけてもらったわけですが、今考えればなんとまあもったいないことをしたのだろうかと感じます。

ところが、現在のユース審判員がすごいと思うのは「審判員になりたい」と思ってやっていることで、プロフェッショナルなレフェリーが求められる中で、彼らのような存在は頼もしくもあります。

ただ、彼らに思うのはサッカーをもっとやって欲しいということ。

現在、知っている若手審判員の中にもサッカー経験の少ない上級審判もいますが、彼らの悩みは結局のところ「高いレベルのゲームにおける選手の心理」というものを知らないからこそ、もっと審判をする中で経験をしていかなければならないとなっているのですから、若い審判員は審判だけではなく、競技者としてもある程度の試合をしてもらいたいと思っています。

例えば、高校選手権に競技者として出場したのだけれども、卒業してから怪我をしたためボールを追いかけられなくなり、審判としてやってみようと思ったなんて若者もいましたが、彼は実にゲームの機微というのがわかっていて、トラブルの芽を摘むのがうまかったと感じました。

先日Jリーグに主審デビューした御厨貴文くんなどは、J1も経験したことがあるわけですから、J3のゲームに入ってみてもきちんとその競技者の心情がわかるからこそのレフェリングをしているように見えました。

もちろんJリーグなどを経験しろということではなく、学生サッカーの中でもここまでやってみたというレベルまでひとつやってみるのも必要なのではないかと感じるわけです。

ちなみに中学時代からずっと見ている若者は、現在二級を目指すべく頑張っていますが、大学サッカーで体育会に所属しながら競技者としてもやっているわけで、そうした自分の経験が後のレフェリングに良い影響をもたらすのではないかと考えます。

若いレフェリーに苦言を呈するなら、もう少し時間の感覚や、認知能力を高めて欲しいと感じます。

集合時間は当たり前で、なにかトラブルがあったら運営者へ連絡し、現在の状況を伝えることと、目的地への到着がいつくらいになるのかなどの情報を伝える最低限のことをしてほしいと思います。

これは自身が逆の立場になってみればよくわかるのですが、情報が多ければ多いほど判断に役に立つということで、例えば主審として情報が多く得られれば、その正しいジャッジは何であるのかということを判断しやすくなるはずです。

余計な情報は逆に邪魔になるはずなので、余計な情報や、想像は不要で、事実と正しい感覚による予想を相手に短く伝えることで、より判断しやすいことを伝えることが、自身への後に対して役に立つことになると感じます。

大きな苦言があるとしたなら、自分の立ち位置を間違えるなということです。

審判は「刺身のつま」でいいのです。

積極的に目立つ必要はありません。

これはある県の審判員で聞いたことなのですが、ある御大と呼ばれる監督に対して注意をしたことが、審判仲間の間で自慢をしていると審判委員会の中から聞こえたことを、結果としてその御大に別のルートで伝わってきています。

「俺はあの監督に厳しく言ってやったんだよ!」と嬉々として言ったというのですから呆れるばかりです。

その監督に対して厳しく注意することが必要なのではなくて、その監督が文句を一言も言えないようなレフェリングをすることが審判員の本分でしょう。

そんなところで審判員として目立つ必要などはありません。

別の若者の審判は、あるトーナメントにてPK戦で敗れたにもかかわらず、主審に寄ってきて「負けたけれども素晴らしい審判でした。ありがとう。」と握手を求められたそうですが、彼は主審としての責務をきちんと果たし、決して目立つこともなかったにもかかわらず、負けた監督からそうした素晴らしい評価をいただけたわけですから、最高の刺身のつまとなったわけです。

それこそが審判員としてのみせどころで、審判員が目立たず素晴らしい試合がみんなの前で展開することこそサッカーの楽しみなのだと思います。

そこで何か危険なことがおきようとしている、何か起こってしまった、そういう時に審判がさっと介入することで、スムーズな試合を行うことができれば、目立つことなど全く不要なことなのです。

もちろん審判員としての存在感は必要です。

例えば今や国際主審の荒木友輔くんなどは、その存在感は絶大でありながら、では試合の中でどれだけその存在感を発揮するかと言えば、危険なプレーの前後程度とゴールに近くなった時のポジショニング程度であって、良くも悪くも目立ちすぎないという絶妙な審判員になっています。

先日のJリーグカップ決勝においても、彼が特に目立ったのはVARのシーンだと感じますが、あれはVARとの見解の相違があり、ゲームが止まるからこそ起きる事象であって、決して審判員が目立とうとして目立っているわけではありません。

まして、あのシーンは得点につながるかもしれない所でのファウルでしたから、正しい判定をするという目的においては、間違いなく正しいと感じられるわけで、主審が目立とうとして目立ったわけではないのです。

先日の御厨貴文くんのJリーグ主審デビューも存在感はきちんとありながらも、目立ちすぎないレフェリングに感銘したものです。

ただ御厨くんの場合は体も大きいため、その大きさも存在感を感じさせるものですが、それが悪い方に目立たない・・・例えば、ゴールに近づいているシーンだというのに主審が観客の視野に入ってこないだのということはなく、キーパーがシュート性のボールをキャッチする時でもきちんとペナルティーエリアに近づく、または入っているというきちんとした対処は見えるわけで、悪い方に目立つことはない試合だったと思っています。

私も若い頃・・・といっても三十代のアクティブレフェリースタート当時は、身体の大きさや走力で目立っていた方と言われます。

本人は「地味で、華奢で、目立たない方」とよく冗談で言っているわけですが、アセッサーの先輩から「試合前のリラックスして競技者と笑顔で会話している姿とか、雰囲気があるよね」とか言われておほめいただいていました。

ただ荒木くんや御厨くんのように、ジャッジのレベルがそこまで高いわけではないため、悪目立ちするシーンもあり、結果として上級にあがることはできませんでした。
(誰だ、そこで言うことを聞かないからとか言う奴は!(苦笑))

そこで若い審判員に言えるのは「素直に人の言うことを聞きましょう」というものです。
(やっぱり工藤は聞いてないじゃんと言わない!(苦笑))

私は東京都のインストラクターとして、若手だけではなく多くの審判員とこれからも審判として、インストラクターとして接する機会があると思います。

そういう時に、こうした経験をより若い世代に伝えることができればと思っています。

このエントリーの最後に・・・荒木くんを目指すのに、今の荒木くんを見るのではなく、荒木くんがたどってきた道を参考にしてほしい、ということを書いて終わりにしたいと思います。

感謝!

令和元年という記念すべき年に、東アジアシニア選手権のため韓国へ行ってきました。

これは、今年の全国シニア大会東京予選でFC武蔵ユナイテッド優勝したことによるもので、今年度リーグ制覇と予選決勝で闘った四十雀クラブ東京さんとの合同チームで行って参りました。

自身のサッカーキャリアで、こんなにレベルの高いところでやったことはないでしょうし、Chinaや韓国には元代表選手が何人もいる中で、我々は年代代表に選出されたことがあるのが平山さんだけでしたが、頑張って闘ったことだけは事実です。

まあ、相変わらずわたしはへたっぴいですが^^;

パンフレットも立派でした。

ソウルではみんなで食事をしたり

最高の三日間でした。

東京でチャンピオンになったことが、こんなに素晴らしい経験を与えてくれるのだと改めて思いました。

シニア連盟の藤沢会長ともお話ができましたし、四十雀のみなさんとも交流ができたことは、一生の思い出になります。

昨日まで今後のサッカーとのかかわり方を真剣に考えていました。

この一か月半ほど毎日のようにいろいろなことを考え、関係者にも相談させていただき、自分が今後どのようにするのかというのを悩んだ末に、競技者を今のペースやレベルでやることを一度スピードを落とし、審判員の育成に今の数倍のパワーを割こうと考えました。

そのため、競技者としてはゆるゆるとさせていただき、審判活動もおよそ半分、そして審判インストラクターの活動に力を入れていこうと考えました。

つまりはこの素晴らしい経験をさせていただいたクラブを辞めることになるのですが、まあそろそろスキルの限界も見えているわけですから、若くて巧い選手の邪魔にならないように去るのみです。

FC武蔵ユナイテッド50のチームメイトおよびスタッフの皆さんには、ここであらためてお礼を申し上げます。

二年間ありがとうございました。

しかし、私たちはサッカーを通じた仲間ですから、一生おつきあいいただきます(笑)

また一緒にボールを追いかけましょう。