懐かしい写真

 

アルゼンチンへ向かう前の成田空港での成太

懐かしい写真を自分のブログで見つけたので転載する。

これは2004年4月のこと。
成田空港で二人でお茶をしているときのもの。

 横浜FCをやめ、アルゼンチンに武者修行へ行く直前の一枚。

当時のリトバルスキー監督と合わず、結局横浜FCを飛び出した時であったが、都並さんがちょうどアルゼンチンにコーチ留学をしていたので手配をしてくれたのと、横浜FCに所属していたモネールが現地でコーディネートしてくれたんだよな・・・と。

この翌年に現柏フロントの小見さんに誘われ、群馬FCホリコシ(現:アルテ高崎)に入団することになる。

ちなみにこの写真を撮った一時間ほど後にゲートから入り階段を下りていったとき、涙したらしいのであるが・・・にあわねぇ(笑)
私はガラス越しにプライドを持てという意味で二回ほど右の拳で自分の左胸を叩いてその拳をぐっと握り締めて成太に見せた記憶がある。

まだパッション屋良が出る前のことである(ってオチかいっ!)

 

 

 

ってオチではないのだが、それで少しだけ心細くなったのか、すっと涙がこぼれたそうである。
ふと思い出した一枚である。

イエメン戦の新聞各紙の反応

岡田日本09年初戦を飾る/アジア杯予選(日刊スポーツ)

日本2─1でイエメン下す、田中達が決勝弾…アジア杯予選(讀賣新聞)

日本、2―1でイエメンを下して白星発進 アジア杯予選(朝日新聞)

 

【アジア杯最終予選】岡田ジャパン「チーム底上げ」に疑問符(MSN産経)

エース証明!達也 魂のヘッドで日本救った(スポニチ)

田中達也が日本救った! 岡田ジャパン09年初戦辛勝(中日スポーツ)

 

昨日の試合を見ていて「勝った、よかった」だけの記者では、記者として失格だと考える。
産経新聞の記者くらい批判的な要素を叩き込むことができなければ、サッカーに関わる記者なんぞつとまるわけがない。

若手だろうと何だろうと日本代表は日本代表であり、そのパフォーマンスを発揮することができない者は代表に値しないのである。
テレビではさんざん「いいチャレンジ」だのなんだのと言っていたが、では30本近くうったシュートで、枠に入ったのは何点であろうか。

寺田がスタメンに値するのであれば、間違いなく犯した失敗について結果はどうなったのか、冷静に考えてみる必要がある。
ただし寺田に関しては必要であると私は思うが、ミスはミスである。 

若手を試すのであればそれはそれで結構だが、アジアカップを捨てても構わないというのであればいいだろう。
予選を突破するというのであれば当然ながらベストメンバーで臨むべきだし、若手をテスト目的で使うのであればフレンドリーマッチで充分。

我が愛しのロッソネロ

 

 

MiranロッソネロといえばやはりACミラン。
高校の頃からの憧れだったな・・・
小学校は青、中学校は青/白(の間に黒い細い線のボーダー)&緑/白ボーダー、高校は赤ベースと変わり、社会人では黄色&青/白ボーダー、青&白、赤&白、紺&白と変遷してきたが、憧れはやはりこのロッソネロ。

高木は国見なので青/黄ボーダーがいいなぁと言っていたのであるが、残念ながらPUMAのカタログモデルになかったので断念。
ちなみに国見はこんな色。

kunimi23

なかなかかっこいいユニフォームだが・・・NSP CLUBが強豪と呼ばれるようになったらサードジャージとして作ろうではないか。

で、ロッソネロもう一つはコンサドーレ札幌。
今年は残念ながらJ2に降格してしまったが、またJ1で戦うために地固めをしていただきたいと願うまで。

fu8ks020

実はACミランとは逆配色なのであるが、ベースはやはり赤であろう。
(登録の関係上黒ベースではないと考えられる)
今年もニトリがついていてくれるというのは心強い限りである。

でも実はコンサドーレでは下の方が好きだったりする・・・

コンサドーレ 02

そして我がNSP CLUBであるが、最強のロッソネロを目指して・・・

NSP CLUB

エンブレムはNSP CLUBのオリジナル。
当クラブ所属(今年度は休部)の原山くん作。
ロッソネロにライオンの構図は、やはり獅子のごとくという意味がこめられたもの。
ちなみにカタログの写真のほうがすっきりみえるのでそちらも・・・
(エンブレムはないが・・・)

PUMA

どうせ私のはOだからでかいんだけれどさ・・・ 

エンブレムも紹介。

エンブレム

下町の少年たちに告ぐ。
このエンブレムの下、高木成太と一緒にサッカーをやってみないか?

ちなみにこのエンブレムであるが、以下のお店で作っていただいている。
望月刺繍店
東京都葛飾区青戸1-4-13
03-3697-5594

子供会の仲間でもあった人が作っている。