カテゴリー: スポーツマンのつぶやき

サッカーは生涯スポーツです

2019年3月31日味の素フィールド西ヶ丘
全国シニアサッカー大会東京予選決勝

ご無沙汰しておりました。

この一か月近くの間にいろいろありまして、まとめてご報告をしたいと思います。

まずはプレーヤーとしては素晴らしいできごとがありました。

昨年度よりFC武蔵ユナイテッド50にして東京都シニアサッカー連盟のオーバー50で闘っているのですが、2019年全国シニアサッカー大会東京都予選において「優勝」をすることができました。

まあ、私はまだ連れて行ってもらっているようなものですが、準々決勝ではダメ押しとなる得点も決めさせてもらい、決勝ではピッチ内外全員で盛り上げ勝ち取った勝利でした。

それによりゴールデンウイークの初日と二日目は全国シニアサッカー大会関東予選に出場することになり、どこか旅行にでもと思っていたのが吹っ飛びました(苦笑)

しかし、日頃は週末しか会うことのできないチームメイトですが、関東予選に向けて全員が一つでも積み増すことができるように努力していると信じています。

それにしても今年55歳になろうとしているのに、仕事以外にこれだけ本気で取り組むことができることがあるのは幸せだと思っています。

偏に武蔵に誘ってくれた平山さん、そしてチームメイト全員のおかげだと思っています。

やっぱりサッカーは生涯スポーツだなあと思うわけです。

さて、審判活動はいつもの通りに始まりました。

高校生の試合、社会人の試合、大学生はまだ入っていませんがまあそろそろくるかな?とか、もちろん中学生も担当させてもらっていますが、どれも選手たちが真剣ですから私はそれに応えねばなりません。

年齢が言い訳にはならないのですから、ただただ積み増すだけ(まあこの年なので落ちないようにする)だと思っています。

そのためパーソナルトレーナーをつけてのトレーニングも継続していますし、脚力アップの努力も続けていますし、それらは自分のためというより選手たちのためにやるようにしています。

それじゃないと心が折れそうになるので^^;

まあ走れなくなったら終わりだと思っていますので、そろそろどこかでこのレベルの審判をやめる日も近づいているのかと思っていますが、その日が来るまで努力は続けようと思っています。

サッカースクールはといえば、まあゆるりとやっています。

選手を育てるためのスクールではなく、自分がどうやって体を動かすのか、どうやって上手くなるのかを考える場所にしたいと思っていますので、個人での目標達成やスキルは違って十分だと思っています。

もちろん国士舘大学にいる澁谷雅也のような子が来てくれたらうれしいとは思いますが、雅也は最初から努力をすることを知っていましたし、私たちが育てたなどと大げさなことは全く考えていないので、初心者でもどんどん来てくれればと思っています。

そうそう、東京武蔵野シティに入った小野寺湧紀を応援しに行ってきました。

残念ながら私は審判割り当てがあったため前半で割当地に向かいましたが、シーズン初戦の残り1分で出場を果たしたとのこと。

Jリーガーに向けての第一歩を西ヶ丘で果たしました。

国士舘大学の澁谷雅也はといえば、三年生になり初戦からMFとして出場していたとのことで、ゴールデンウイーク中に見に行くことができればと思っています。

あとは台東区出身の伊藤達哉ですね。

日本代表は選出されましたが出場できず、しかし先日のU-22代表においてはきっちり出場して存在感を示してくれていたので、私の大好きな久保建英くんと共にU-23での活躍を祈っています。

2022年は二人とも代表にいるといいなあと思っています。

とりとめもなくバラバラとあったことを書いていきましたが、そんなこんなで元気にサッカーをやっています。

ブログへの検索ワードから

当ブログの検索ワードで人気のものに「八軒北小学校 松岡」というのがあったので、少しだけ紹介をしてみます。

私が二十歳の時にコーチとしてスタートしたのが八軒北小学校のスポーツ少年団でした。

監督は遠藤先生。

札幌で選抜やトレセンの経験があればわかる名前だと思いますが、私も小学校の時に選抜でお世話になった方でしたのでしたし、その後の関東でのサッカーについても先生の協力がなければ続けることができたのか不明でしたので、今でも感謝しています。

自分の人生をどうしようかと思っていた春、実家はすでに八軒ではなくなっていましたが、たまたま八軒北小学校のところを通りがかったら少年たちがサッカーをやっていたのです。

ロードバイクにまたがったサングラス(ウェイファーラーⅡ)をした青年・・・今考えれば怪しいですね(笑)

ずっと少年たちのサッカーを目で追っていたのです。

そうすると金網越しに「サッカー見ているのかい?」と声をかけてきていただいたのです。

それが遠藤先生でした。

思わずサングラスをはずし「遠藤先生!琴似中央の時に選抜でお世話になった者です」とご挨拶をさせていただきました。

当然多くの生徒を見てきたであろう中のたった一人ですから当然覚えているはずもなかったのですが、先生は「サッカーやっていかないか?」と提案してくれたのです。

スニーカーでしたがぜひということで、小学生の中に入って一緒にサッカーをしました。

終わってから先生が「体動くね、今なにやってんの?暇だったらコーチしに来ないか?」と提案していただいたのです。

人生に悩んでいる中で、自分ができることを提案していただいたのですから、その場で「やります」と返事をしたのが私のコーチ人生の始まりでした。

で検索ワードの松岡くんです。

コーチとしての担当をしたのが四年生、五年生だったのですが(監督としては四年生でした)、サッカーに参加していない八軒北小学校の生徒に、現在はTOKIOの松岡昌宏くんがいたのです。

当然当時はそんなこともしらなかったわけですが、三十代の頃よく西麻布の仲間の店に入り浸っていたのですが、そこに仲間が連れてきてくれたのが松岡くんでした。

初めてあった時にそんなことを知らないで、でも私が北海道出身というところで食いついてきて、実は八軒北小学校でサッカーのコーチをしていたんだよね~なんて話をしたら「え?いつ?」ということになり、数えてみたら、彼が小学校五年生の時。

教え子である生徒の名前の一部も覚えていたので、その場で盛り上がった記憶があります。

その日に田原俊彦さんの「抱きしめてTONIGHT」を私が歌ったときは「俺、これのバックダンサーやったことあるんすよ!」といって、私の前で「フロントダンサー(笑)」をやって盛り上げてくれました。

子供が育つに従って西麻布界隈には顔を出さなくなり、彼とは数度あっただけでしたが、その度に「おっコーチ」などといじられ盛り上げてくれました。

それ以来、私は今も松岡昌宏くんのファンです。

・・・と他愛もない(苦笑)

プレーヤーとしてのチャレンジ

2年前、私はあるサッカークラブの練習に参加させていただきました。

全国レベルであり間違いなく強豪のチームの練習にさせていただいたのですが、自分のスキルが足りないこと、腰を痛めていて良いパフォーマンスができなかったことなど、さまざまな複合要素でそのチームに入ることはありませんでした。

まあ、監督とは合わないだろうなと思っていたことや、身長や体型でディフェンスしかやらせる気がないと言われたのも私のモチベーションを下げる要素でもありましたが・・・

幸いだったのはその練習に今のチームに引っ張ってきてくれた方がいらっしゃることです。

その方に誘われて今のブレインズに参加させていただいたのですが、最初はワンデー大会に参加させてもらったのです。

腰もだいぶ良くなってきて、サポーターをしていたのですがそれでも調子が上向いている中で、周りの人は私のプレーがわからないですし、私もみんなのプレーはわからないので、自分の得意なタッチラインの高速ドリブルで何度も縦突破をしていったのです。

その誘っていただいた方は「なるほど、君がしたかったのはそういうプレーなんだ。じゃあ、あのチームでは無理だったね。」とおっしゃっていただいたのと、その高速ドリブルといきなりの二得点で周りの方が私に興味を持ってくれたため、あたたかく迎えていただきました。

このチームで少しでも上に行きたいという気持ちが今はあるため、ブレインズでやっていますが、ここがでは全国に行くためには足りないものが多いためいろいろと考えています。

たとえばTSL-2の初戦では、無失点だった時間帯のオフェンスのメンバーと、得点をした時間帯のオフェンスのメンバーは一緒でした。

それは監督が今年の攻撃に据えるメンバーを考えてダイヤモンド型に置いたわけで、私は本職のセンターラインからはずれましたが、サイドからの突破と、センタリングの能力をかわれていると思うため、そこに専念をすることができます。

そもそも私はサッカーを始めてレギュラーを勝ち取った当時は、左サイドを突破するウイングでしたので、元に戻ったわけです(笑)

あの頃と違うのは、センタリングをあげる足が逆になった(左足が怪我で使えなくなった^^;)くらいでしょうか^^;;;;;

・・・と、そこがブレインズの全国への道のスタート地点です。

しかし、私がオフェンスに入ったときにディフェンスがどうしても薄くなる、平たく言えば守備が苦手であるために、その穴埋めをしてもらっているディフェンスの皆さんに感謝をしているわけですが、当然負荷をかけるディフェンダーのメンバーが決まってくるのは理解しています。

つまりはカバーリング能力の高いサイドバックが必要となってくるわけです。

そうすると今度はセンターバックが・・・となるわけで、現メンバーの強化と、新しいメンバーのスカウトが必要となってくるのです。

初戦は昨年TSL-1で戦っていたなぜTSL-2に落ちてきたのかわからない相手でしたが、その彼らは間違いなく体を作ってきていました。

それを「すげー」と見るのではなく「俺だって負けていないぜ」と思った選手がブレインズにいたかどうかです。

楽しみながらサッカーをやるのは私もそう考えていますし大賛成ですが、勝つためにはなにをしなければならないかといえば、自己でのトレーニングということになります。

そうして少しでもブレインズを勝つことのできるチームにして、TSL-1をめざし全国に一歩でも近づくための努力を、まずは自分からしていきたいと考えています。

若いころから全国を経験している同じ生年月日のUという選手がいますし、先日のクロスをゴールに決めてくれたKくんもいます。

新しく逆サイドにはAさんも入って攻撃の準備はできたのですから、決して夢ではないと思っています。

まずはリハビリを一生懸命に取り組み、治してから派手なトレーニングを再開させて動くことができるようにするのが私の命題です。