カテゴリー: スポーツマンのつぶやき

昨日の早起きで思い出したこと

昨日は、CWLの入れ替え戦で朝5時半起きでした。

結果は残念なこととなりましたが、来年はCWL-2で優勝してCWL-1に戻ってきます。

で、思い出したのはアクティブレフェリーを現役でやっていたころ、9時キックオフのゲームについては、5時半頃に起きていたなあということです。

体を目覚めさせるためにも起きてから3時間を目安にしていたこと、遠くでも対応できるようにしておいたことなど、よくまあそんな時間に起きて審判に行っていたものだなあと思い出しました。

つまりは私たちのゲームのレフェリーをしてもらったK一郎くんも、同じように早起きをして割当のためにきてくれたわけです。

K一郎くんだけではなく、アシスタントの二人も同様なわけで、現役のアクティブレフェリーにはリスペクトしかありません。

それにしてもよくもまあ25年もアクティブレフェリーをさせていただいたものだと思いますが、毎週「〇」をつけるので便利だったのかもしれません。

今は久しぶりにコーチをメインにしている部分もありますので、毎週行くことはできないでしょうし、本当に当時は審判にあれだけ集中してやったものだと自分でも驚きでしかありません。

現在はレフェリーのサポートをインストラクターとしてだけではなく、それ以外の活動においてもサポートできるようにしています。

ちょっとした声掛けだったり、試合を見に行くだけでも励みになってもらえる人がいるだけで、私は活動を続けていられます。

これからもアクティブレフェリーの皆さんの協力で、公式戦は成り立っているのだとあらためて感謝しています。

感謝!

令和元年という記念すべき年に、東アジアシニア選手権のため韓国へ行ってきました。

これは、今年の全国シニア大会東京予選でFC武蔵ユナイテッド優勝したことによるもので、今年度リーグ制覇と予選決勝で闘った四十雀クラブ東京さんとの合同チームで行って参りました。

自身のサッカーキャリアで、こんなにレベルの高いところでやったことはないでしょうし、Chinaや韓国には元代表選手が何人もいる中で、我々は年代代表に選出されたことがあるのが平山さんだけでしたが、頑張って闘ったことだけは事実です。

まあ、相変わらずわたしはへたっぴいですが^^;

パンフレットも立派でした。

ソウルではみんなで食事をしたり

最高の三日間でした。

東京でチャンピオンになったことが、こんなに素晴らしい経験を与えてくれるのだと改めて思いました。

シニア連盟の藤沢会長ともお話ができましたし、四十雀のみなさんとも交流ができたことは、一生の思い出になります。

昨日まで今後のサッカーとのかかわり方を真剣に考えていました。

この一か月半ほど毎日のようにいろいろなことを考え、関係者にも相談させていただき、自分が今後どのようにするのかというのを悩んだ末に、競技者を今のペースやレベルでやることを一度スピードを落とし、審判員の育成に今の数倍のパワーを割こうと考えました。

そのため、競技者としてはゆるゆるとさせていただき、審判活動もおよそ半分、そして審判インストラクターの活動に力を入れていこうと考えました。

つまりはこの素晴らしい経験をさせていただいたクラブを辞めることになるのですが、まあそろそろスキルの限界も見えているわけですから、若くて巧い選手の邪魔にならないように去るのみです。

FC武蔵ユナイテッド50のチームメイトおよびスタッフの皆さんには、ここであらためてお礼を申し上げます。

二年間ありがとうございました。

しかし、私たちはサッカーを通じた仲間ですから、一生おつきあいいただきます(笑)

また一緒にボールを追いかけましょう。

幸せなサッカー人生

今年度の全国シニアサッカー大会の東京予選で優勝したことにより、来週末から韓国で行われる日中韓シニアサッカー親善大会に選手として出場してきます。

まさかこの年で国際大会とは^^;

55歳という年齢を迎えたことで、来年度からの審判活動の見直しを考えているのと並行して、選手活動をどうするのか、どこでやるのかなどを考えています。

今のチームに残るのか、残るとしたら何ができるのか、審判活動およびインストラクター活動との平行は可能なのかなどなどなど、考えるべきことはいっぱいあります。

しかし、それもこれもこの年になっても動くことができること、審判として数々の大会などに参加させていただけているからこそ言えることで、本当に幸せなサッカー人生だと思っています。

その恩返しの意味も含めて審判インストラクター活動も、後進の指導を含めて考えなければなりません。

シニアオーバー50の選手としてはヘタッピだし、そろそろスピードも落ちてくるであろうし、そうすると私はなにをすべきなんだろうと本気で考えています。

そのため、あちらこちらに決断をお話ししなければならないのですが、まだ結論が出ていないので迷惑かけております。

自分としては死ぬまでなんらかの形でサッカーと関わっていきたいと思っていますし、必要としていただけるのでしたら、その場で努力をしていこうと思っています。

確実なのは台東区サッカー連盟の副部長は継続するということと、審判をどのレベルでやるかは別として行うこと、そしてサッカーボールはどこかで蹴りたいということです。

まさかこの年まで審判も、選手も継続しているとは思ってもいなかったため困惑している部分が実はあるのですが、それは健康や必要としてくれる方々がいるからと前向きにとらえています。

FC武蔵ユナイテッド50の最終戦が11月にあるため、その前後には決めないとな・・・と思っているため、もう少し悩もうと思っています。