ゴール裏の不快感

Facebookではちらっと書いたのですが、やはりブログにも書こうと思いました。

サッカーにせよなんにせよ、応援というものはそれぞれの人によって違うものだと考えます。
その人のキャラクターだったり思いだったり、それぞれの性格が違うように思いや考え方は当然ながら異なるのです。
もちろん集団で応援すること、立って声を出すことに意義を見出している人もいます。
それはそれで私は良いのではないかと感じるのです。

しかしながら今年コンサドーレ札幌の応援・・・アウェイですが・・・に行って思うのは、どうしてもゴール裏の住人たちは自分たちのやりかたを強制しているようにしか感じられません。
そもそも私がゴール裏の住人たちが嫌いになったのは、数年前に甲府での試合の応援に行った時のことで、応援をみんなで一緒にしようよと言ったはずなのに、勝利をして終わった時、自分たちだけで喜んでいたこと、周囲の人が声をかけても無視をしていたことが発端なのです。

私は小学校のころよりサッカーに接してきて、応援をする時というのは座ってぶつぶつと言っているのが常でした。
自分だったらこの状況でどうするか、コンサドーレのサッカーだったらどうするのか、選択肢を明らかに間違えた選手に「そうじゃない」と言ってみたり、逆サイドをきっちり見えている選手に「グッド」と言っていたりして、ゴールが決まれば派手なガッツポーズで飛び上がる・・・そういう応援が私のスタンダードです。
それこそ妻や仲間とも一緒に行ったことがありますが、このスタンスは変えません。
むしろサッカーを知らない人がいるといちいち説明をしなければならない(ルールだったりなぜ今のが良いプレーだったのかなど)のが試合に集中できないため、一人で行きたくなることも多々あります(苦笑)
そういう応援のスタイルってのもあるのです。

しかし先日のアウェイ席では「岡山選手が言っているんだから寄りましょう」とハンドマイクで案内をしていました。
そこまでは私はありだと思っています。
ところがその後に続いた言葉は「90分立って応援することに意味がある」というもので、それをしろと暗に言っているのですから、賛同できない人はその場から離れますし、そもそもゴール裏の住人を好きではない人たちは、最初から遠くにいるわけです。

私から言わせていただけるなら「それぞれ好きにすればいいじゃない」ということです。
ゴール裏で90分間声を出して飛び跳ねて応援するのもそれはそれでいいことでしょう。
しかしじっくり試合を見ていたい人もいますが、応援をしていないわけではありません。
コンサドーレのユニフォームを着てじっくり見入っている人が、コンサドーレの勝利を願っていないはずはありません。
ところがどうもゴール裏の人々は、それは応援じゃないというわけです。

ましてツイッターで帰ってから見てみると、「岡山が言っているんだから寄れや!」なるものまで発見したわけで、そうならない状況がなぜ発生しているのかを考えていないことがよくわかるわけです。
はっきりいえば、ゴール裏の人たちの考えや言動が、ゴール裏から普通の人々を避けさせているのです。

ホームゲームならまだ良いでしょう。
じっくり見たい人たちはSS席やS席にいてゆっくり観戦できるわけですが、アウェイゲームとなるとコンサドーレのユニフォームを来てメインスタンドに座っていることほど苦痛なことはありません。
感じないというのであれば余程鈍い人たちということになるでしょう(笑)
そうするとスタジアム側でもアウェイ応援席を用意してくれているわけですから、必然的にアウェイの席に行くことになるわけですが、ここに強制があるとするなららスタジアムに足を運びたくなくなるのも当然ということになります。

いいじゃないですか、共存すれば。
最初にも書きましたがそれぞれの応援のしかたがあるのですから、それぞれに従いましょうよ。
あいつらは敵じゃなくて、同じチームを応援している人なのです。
ただその応援のスタイルが違うだけなのですから、相手に干渉しなければいいだけのことです。

繰り返しますがゴール裏で応援したい人はそれはそれでいいのです。
ただそれが全てなのではなくて、いろいろなスタイルがあるのですから、そのスタイルを尊重しましょうということなのです。

今年は富山、栃木、水戸とあちらこちらに行きましたが、どこへ行っても結局同じことだったと思っています。
私はゴール裏を見て「おっやってんなー」と逆に頼もしく思うくらいですが、強制をされると感じる人がいる以上、まずはそれ以外をも尊重するべきです。

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