クライフ逝く・・・

ヨハン・クライフ
Hendrik Johannes Cruijff 1947-2016

ヨハン・クライフが亡くなった。
享年68歳、まだ若いと思うのは私だけではなかろう。

個人的には1974年の西ドイツワールドカップの決勝で、開催国相手に先制しPKを得たシーンが思い浮かぶ。
ちなみに私はゲルト・ミュラーにあこがれてサッカーをはじめたため、クライフに対してあこがれのようなものはなかったが、すごいプレーヤーだったのは間違いがなく、私でさえその活躍は知っていた。

・・・

なんだろう、うまく書けない。

あらためてすごい人だったんだなあと思う。

横浜FCの監督をつとめていたピエール・リトバルスキーもクライフにあこがれ、14番を大事にしていた。
その横浜FCの14番を最初につけたのは高木成太である。

クライフは体格は恵まれたとは言えないほど細く感じ、また現代の大きなDFからみれば今では小さいくらいだろう。
(ちなみにミュラーはクライフよりさらに小さい)

しかし、フライングダッチマン、エル・サル・バドールなどの彼のニックネームが彼のサッカーの全てを表し、また彼のキャラクターを一層輝かせていたのではないだろうか。

指導者としても大成功をした人で、今ヨーロッパで活躍する指導者のグァルディオラ、クーマン、ラウドルップなどが所属していたチームは、エル・ドリームチームとも言われた。

本当にサッカー界では大きな存在だったと思う。

UEFAで会長争いをして金を動かす人ではなく、指導者として後進を育てることをしてきた人なんだと思う。

合掌・・・

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