月: 2008年5月

伊達公子あらためクルム伊達公子復帰を歓迎

実はサッカー以外にもちょこちょこスポーツをしたのであるが、テニスはサッカーについで長く続けているスポーツである。
といいながらここ一年くらいはサッカーに力を入れているため、ラケットを握ることはないのだが、ラケットは同じものをびしっと揃えて大会にも出られるくらいである(笑)

そもそもテニスを始めたのは高校のサッカー部が弱くて、クラブチームでやっていたため学校から「部活をやれ」といわれたからである。
折りしもテニスブームと重なり、ビヨン・ボルグにあこがれ平日午後の火・木はサッカーの練習だったが、朝は早起きをしてテニスをしていた。

テニス部という枠組みを嫌い、結局は半年でやめてしまったのであるが、その後は河川敷のコートで知り合った人たちと作ったテニスクラブ(コートを札幌市から貸与していただいた形)から、成人の大会に参加していた。
サッカー以外でがっちりやったのは34歳からの3年間の野球と、この時期のテニスであることは間違いがない。

ということで当然ながらテニスも好きになってしまい、女子の伊達公子の活躍というのはわくわくしてみていたものである。

世界トップクラスで戦うことのできる選手ということで、四大オープンのときなどは寝不足で会社に行ったものである。
そんな彼女がシュテフィを破った年に電撃の引退発表。
日本で杉山がようやく「まあ活躍した」というシングルスレベルしかなくなり(杉山のダブルスはトップクラス)、残念な思いをしていたのであるが12年ぶりに現役復帰をした伊達公子あらためクルム伊達公子は、選手としてというより若い選手のお手本として日本に必要な人だと思う。

夫のミハエル・クルムはGTなどのトップドライバーであり、こちらも大好きな私としては・・・といいながら、クルムってトヨタだったから嫌いだったんだけれど(例え友人でもトヨタに乗ると一切応援しない)現在はニッサンなので応援している選手。
まあトヨタに乗っていようとミハエルのキャラクターの素晴らしさは、サーキットのあちらこちらで聞こえてくるほど。

そんな夫の理解があり現役復帰をしたクルム伊達は、コートに苦しみながらもそのプレーを見せている。
なによりも彼女の活躍をぼんやりとしか覚えていないような選手や、平成生まれで彼女の活躍を知らない選手などにとっては、世界でトップクラスだったその精神力やプレーの持って生き方などを戦いの中で学んでいただきたい。
クルム伊達としても自分と戦った子供の中からもしトッププレーヤーが生まれたとしたなら、今回の現役は大変うれしいものになるに違いないし、彼女にとってそれが最大の目標かもしれない。

37歳で四大大会にて大活躍をするなど現実ではないわけであるが、ダブルスの中ででもできることはあるだろうし、彼女のヒッティングパートナーを務めるだけでも充分若い選手には勉強になるはずである。
今回の復帰は少しでも息を長く、そしてリラックスしてできることであろうから、ぜひ楽しんでいただきたいとも感じる。

男子では錦織圭という彗星が現れたわけで、松岡修三以来で最も期待される選手で、松岡以上の活躍をしていただきたいと願うばかりである。
そして女子でもクルム伊達に触発され、トップレベルへと上っていく若手が出てきていただきたいと願う。
そのためにもクルム伊達には頑張っていただきたいと考えるのである。

少年チームの考え方

昨日、高木がお世話になっている会社の方とお会いしてきた。
私達の活動を知っていただき、協力していただけないかとのお願いと、私という代表を知っていただく目的でもあった。

私達の最終目標はどこにあるかといえば、決して環境で恵まれていない(場所やコーチの質)下町の子供達に、より良い環境を与えるための努力をし、スポーツが根付いていくことである。
プロを育てるための強化だけをするとか、小学校からセレクションをして大量の子供を集めて全国大会に出るとか、そういう意味でクラブを立ち上げたわけではない。

結果として素晴らしいものが残っていくのであれば問題ないが、最初から目的をそこに持っていく気はさらさらない。
下町の子供達がスポーツを通して楽しむことができるようにと考えており、それは私達のクラブだけではなく、葛飾区、墨田区、台東区、足立区、江戸川区という重点的に考えている子供達によいコーチングや環境を与えられるようになりたいだけなのである。

そこに賛同していただける方がいらっしゃるので、私達はまだまだ小さくとも頑張っていくことができるのだ。

前にもBlogで書いたのだが、下町の区サッカー協会の中には子供の移籍を自由に認めなかったり、スクール参加もチームの許可が必要だったりする。
私はこの考え方に諸手を挙げて賛同できないが、ルールとして決められているのであれば仕方がないと考える。
ただし日本サッカー協会の指針とは違うので(移籍などは自由となっている)、個人的には変えていく努力をしていこうと思っている。

これは私達のチームがというのではなく、子供だってチームが合う合わないということもある。
しかしそれまでをも認めないというのは、いかがなものかと思うのと、私自身PTA会長という立場から考えれば、子供の社会の中に事実としていじめなどの行為があり、それを運営側が知らないでいたとしたらどうなるか・・・考えていただければと思うのである。

そして前々から書いていることであるが、私達のチームは学年に人数制限を設けている。
16人程度としているのは、指導者講習会で言われた人数でもあるのだが、実際に子供達を前にして一人のコーチが見ることのできる限界であるからだ。
あるチームでは一学年30名ほどいるわけだが、試合に出られるのはせいぜい20名くらいで、あとの10人程度はコーチが教えてもいないで隅っこでパス練習程度なんてことも聞こえてきたりする。
これでは試合に出られない子供は余計にスキルアップなど望むことができない。

私達はそれを避けるべく、ジュニア年代においてはセレクションを行わない方針であり、もし申し込みが多かった場合にどうするかと考えると悩ましいのであるが、その時は子供の熱意ということになるだろうか。
一生懸命に取り組む姿勢だったり、サッカーがどれほど好きかということになると考えている。
だいたい小学校一年生でその後のサッカースキルが判断できるような子供は、ごく僅かでしかないと考えられるし、その後のコーチングによってかなりの幅があると考えている。

高木という元プロだけではなく、うちは6名のC級コーチ(高木を含む)をかかえ、実際に活動しているコーチばかりである。
仕方がなくコーチライセンスを取ったのではなく、コーチをするためにどうするかと考えたメンバーばかりで、将来的にはこういう人材をどんどん増やしていきたいと思っているし、社会人チームの中からも育てていこうと考え、事実何人かには声をかけ二年後、三年後のC級指導者受講を計画している。

また指導者だけではなく審判を育てることも一緒に必要だと考えており、トップであるNSP CLUBでは東京都のアクティブレフェリーである学生を帯同としているし、私自身もアクティブとして審判をしているため、審判をどんどん育てるつもりでいる。
当然ながらクラブチームとして「やりたい人」がやるのと「仕方がなくやる人」では差がつくのは当たり前である。
ただし保護者の中でも審判で、指導者で目覚める方もいらっしゃるため、そういう方も他のチームでも構いません、相談していただければアドバイスできると考えています。
無論私達のチームに引っ張るのではなく、そちらのチームで指導者として審判として活躍していただくために協力いたしますとのことである。

自分たちのことだけを考える、そんなせこいことでNSPクラブを作ったのではありません。
下町の子供達のために・・・それが目標です。