2008年5月アーカイブ

NSP CLUBのユニフォームはPUMA社製のものを使っているのですが、これを担当していただいているのがB&D錦糸町店さんです。

今後はジュニア、ジュニアユースもお世話になることになるわけで、それを踏まえてB&D錦糸町店さんは、私達の使っているストッキングを常時置いていただけるようになった。
本来は白のストッキングのマークは青のものしかなかったのであるが、マークが黒のものをわざわざラインナップしていただいたのです。

チームとして購入するため、必ずNSPクラブを通してということになりますが、とても嬉しい対処に感謝しております。



さてここからはB&Dさんのチームオーダーフェアでいただいたものの紹介をします。

ポカリスエットのジャグタンク15lサイズ、エネルゲン10パック、そして1.5インチのテーピングテープ32本です。
ユニフォームをチームで購入したからもらったわけですが、あと二人分でもうひとつだったのに惜しいことをしました(笑)
まあ今後5人分増えることになるので、またお願いしてしまおうかと思っています。

ジュニアはなんだかんだとまだ11人揃わない状況なのでユニフォームの購入は思いとどまっていますが、トップチームと全く同じものにしようと考えています。
そうじゃなければNSP CLUBの意味がないと思いますしね。

と、今日は社会人の選手募集についてです。

社会人のトップチームとして昨年11月からNSP CLUBが動き出したのですが、当初予定をしていた31名中最終的に残ったのは20名となってしまいました。
20名という数字は社会人チームとしては「休日出勤があったら人数が足りなくなる」というものだったりします。

これは1994年から私が率いていたSIMBA FCに言えたことです。
戦力的には他のチームを圧倒しながら、都リーグで二年連続失格という烙印を押されました。
その時のメンバー数は24名でしたが、ある試合では7名しか集まらず、ゲーム中に私がGKで練習中に肋骨を骨折したにもかかわらずやせ我慢して出場していたなどということもありました。
(その試合はそれでも勝ったのですが・・・)

その危機がNSP CLUBにも来ているのか・・・と感じ、今選手を大募集しています。

新しく入ったのが一人、6/15までに登録する予定が二人、もう二人交渉中なのですが、彼らに言っているのは一つで、一緒にクラブの歴史を作っていこうというものです。
今年がNSP CLUBとしての一年目で、誰がどうではなくてみんなが初めて刻む一歩なわけで、途中参加というものではありません。
第一歩はこの2008年度の東京都社会人四部なのです。

コーチである高木はプロ選手としての現役を終えて一年四ヶ月ほど経つのですが、ようやく「プレーしようかな」という気持ちになっているようですが、まだ一歩を踏み出せないようですので、私はじっと待っています。
選手と一緒のフィールドに高木が立つ姿をジュニアチームやスクールの生徒に見せてあげたいと思っています。

来年度以降になれば日曜日に出場するのは少なくなるでしょうから、今のうちに出ておかないと・・・なんて思ったりもします。
ジュニアユースって土日に試合が多いですからね。

【追記】
NSPクラブでは北区でNSP CLUB+αで北区、葛飾区でNSP Gresta(CLUBは4名)、NSP SIMBA(CLUBは1名、重複ははずした)という形でやっていますが、ゆくゆくは東京都リーグに二つ出したいとさえ思っています。

NSP CLUBがトップで、NSP CLUB なんとかというチーム(FC町田ゼルビアツヴァイテのような)を作って、選手の入れ替えもできるようなそんな環境にしたいと思っています。
そのためには最低でも40名、できれば50名くらいの選手がいないとつらいでしょうね。
背番号は両チームで通しになるでしょうから、背番号争いも見ものになるかも。

そして北区には集合したチームがでるとか、それとも他のリーグに登録するか・・・
まあそうなるには、まずNSP CLUBが最低でも三部で優勝争いしなければ無理でしょうね。

再来年にはNSP CLUB Silver(Over-40)を作ろうと計画していますが、こちらはシニアリーグですね。
当然ユニフォームは一緒ですが、どこかにシルバーのエンブレムを入れたいと(笑)

このところ週末に雨が降るため公式戦を消化できていない状況になっています。
上位のリーグであれば人工芝や天然芝で雨でも可能なグラウンドを使用しているのですが、東京都社会人四部や区リーグでは雨天ではグラウンドを利用することができず、延期という形になってしまいます。

今年は都リーグのスタートが遅く6月1日からですが、北区は既に三度雨で流れています。
葛飾区は一部となったため人工芝なので雨天でも試合をするのですが、都リーグと北区リーグはそうもいかないため頭が痛いところです。
北区に関しては駄目な日を一日だけしか申告できないため、もし万が一かぶってしまった場合、戦力を分けて戦わなくてはならない、もしくは北区をキャンセルするなどという状況が起きる可能性があるため、なんとしてでも続けていくためには都リーグの進行をきちんと見ていかなければなりません。
6月は5週中なんと4週に試合が組まれており、1、15、29日に都リーグが、22日に北区がという形です。

都リーグは3/9、北区は3/10ですので、まだまだ公式戦は続きます。
雨になればそれだけ公式戦も遅れてしまうので、スケジュールは悩まなければなりません。
頭がいたいっす・・・・・
今日も自身のPTA活動としての一貫として、わくチャレの情報交換会をやったのであるが、同じ班の中に私のブログを見ていらっしゃるPTA会長さんがいらっしゃった。

このところこのような席で分科会や班分けをした中に、必ずと言っていいほど私のブログを読んでいただいているというのは、情報発信をしている中で正解だと感じる次第である。
もう一つの教育に関するブログについては保護者に語りかけるため基本的に「です・ます」調でかいており、情報を発信する目的を持ったこちらのブログと政治などに関するものに関しては紋切り型で書いているわけであるが、それぞれに意味を持っているつもりである。

さて、その会長さんもサッカーを教えていらっしゃるとのことで、柴又キッズさんの方であった。
私としては楽しむサッカーの仲で保護者の方が参加されているものを否定するつもりは一切ない。
ただサッカーをその後どこまでやるかという部分などを踏まえ、サッカーへの取り組みをどうするのかでチームや指導者のことを考えていく必要があると思っている。
それこそいろいろなチームがあって当たり前であるし、私達のように構えてやっていくこともあっていいのだと思っている。

高木と私の中で共通しているのは、子供たちが将来サッカーだけではなく何かを行うときにも、それに見合った努力をすることを覚えて言ってほしいと考えている。
それがたまたま私達にとって伝えられる最大のものはサッカーであり、サッカーを私達のチーム、スクールに在籍している子供へ伝えたいというものなのである。
将来的には大きなものを見なければならないのであるが、足下を見ると間違いなくそこにいる子供たちであり、精一杯伝える努力をしていこうと思う。

そしてブログの意義の中には例えば、昨年の葛飾区連盟の社会人リーグで審判のスキル不足による試合があれたことや、一度連盟で決定したはずの二部、三部リーグの運営不手際によるリーグ戦の中止などへの問題喚起が含まれてもいる。
これについては否定的な意見はなかったのであるが、葛飾区社会人連盟が実際にリーグを行うことができなかったのは事実であり、リーグ戦を楽しみにしていた選手達にとっては全く以って残念なできごととなった。
審判に対するスキル不足もそうである。
さんざん暴言を続ける選手、チームが葛飾から絶えないのは、はっきり審判のスキルが不足しているからである。

審判を罰ゲーム程度にしか捉えていないからこそ適切なジャッジができないわけであるし、問題を大きくしたくないから暴言などに反応をしないのである。
アマチュアのそれこそ都道府県一部や二部でやっているのであれば、審判は持ち回りではなくなるのだが、市区町村や東京都でいう三部、四部は持ち回りであり、選手の中から当然審判を出さなければならないのは当たり前である。
しかし自分達がいざ試合となったときに、自分が審判に対しての意識がないのに、審判に対して暴言やクレームをつけたりする。

そういう意味で私は傘下の各クラブに対して審判資格をとりましょうと言っているのであり、自分がされて困るようなジャッジを自分でするということがどういうことか考えてもらいたいこと、審判の目から見たゲームとはどのように映るのか、そしてどう考えるのかといったところを意識してもらいたいと感じるからである。
持ち回りであまりにもいい加減なジャッジに怒った選手達もいるであろうが、では自身は審判としてやったことはあるのか、やる時の心構えはどうなのだと再確認していただきたい。

ちなみに私はブログをご覧の方はご存知であろうが、東京都協会のアクティブレフェリーであり、FC町田ゼルビアユースの帯同審判もさせていただいている。
では審判だけが好きなのかといえばそうではなく、そもそもはゲームをするためにチームの中で審判資格を持った者が六名以上必要だったことがはじまりであり、そして持ち回り審判のことを考えたときにせめて自分の審判を勤める試合では選手が心地よくやってほしい・・・ひいては自分のゲームもそうあってほしい・・・と考え、審判としてのスキルアップを目指したのである。
昨年一度だけ言った言葉があるのだが「私は審判のためだけに今日は呼ばれたの?」というものだが、私は審判だけをするためにサッカーをしているのではないということは明確にしておきたい。

ただしそんじょそこらの審判とは意識が違うよとは思っている。
NSP CLUBは今年度東京都社会人四部五ブロックに参戦し、6/1からようやく公式戦が始まる。

今年はグラウンドが取りにくくなったことや、審判員登録のことなどがあり全体的に公式戦スタートが遅れているわけであるが、それでも数試合を消化している。

通常星取表は前年度の実績順に並んでおり、CELSUS FCの後を次いだ形となるNSP CLUBは勝ち点差1の2位であったため、星取表の一番上に位置している。
本来三部からの降格があるため2番目か3番目になるはずだったのだが、今年は同じブロックにいないため最大のチャンス・・・と考えるのはまだ早いといっていた。
新規チームでたまにとんでもないチームが紛れ込んでいるのだ。

1998年SIMBA FC時代に見たのは大学の体育会OBチーム(ここは何度も選手の不正登録などをしているので名前は伏せる)があり、25-0や18-0などというスコアで三部にあがったということがあったのだ。

今年は五ブロックにFC.GANADORというチームがあったので、ネットなどで検索してもひっかからない。
これはどういうことなのだろうかと思っていたわけであるが、二試合を終わった結果が・・・8-0 15-0ということである。
中盤チームと下位チームとはいえ、10点以上のスコアというのは余程の差がない限りありえないため、これは本物ではないかと思っているわけだ。

現在もNSP CLUBとしては強化策を練り、選手を集めているわけであるが、FC.GANADORだけではなく中位までは競っていると考え、一戦も落とすことはできないと鞭を入れるしかないのである。

第一節にしていされていたFC.GANADORであったのだが、公式戦全体が遅れてくれていて助かったというわけだ。
とにかく今は一戦も落とさないという意気込みでいくしかない。
昨年のように勝てるはずの試合を落とすということをしてはいけない。
今日は練習、スクールが最初の予定。

朝、成太から電話がはいり、松本磨くんが来てくれるとのこと。
成太の怪我も痛いようではあるが、なんとか動くことのできる状態のようで一安心。

人数もいつもより少なかったため、みっちり濃いのをやっていました。
人数増員作戦は今週より遂行しています。



食事はいつもの日の出屋さんで、今日はスクール生の保護者とお子さんも二組いらっしゃった。



終わってから家に戻り、シャワーを浴びるとすでに2:45であったため慌てて着替え、東京ガス武蔵野苑へ。

全日本ユース東京予選決勝トーナメント一回戦のA2として派遣されたのである。

なんと本日はアセッサーありの試合で、これは主審であるS氏のためであったと思われるが、それでもたいへん勉強になるし、なにより自分だけのことを知るだけではなく、他の審判員との比較やよい部分の吸収という面では大変役に立つ。

全員40代の審判であったのだが、とにかく「サッカーを知っている」という感じであろうか。
ジャッジメントの確認にしろアイコンタクトにしろ、今日初めて会った主審の方であったのだが「阿吽の呼吸」でできるのであるからさすがである。
A1に入ったこちらもSさんであるが、前に高円宮杯でご一緒させていただいたのだろうか、お互いに「前に会っていますよね」と同時に言ってしまった。

主審は怪我をされている状況だったらしく走りきれていないとおっしゃっていたが、その部分は最後に見られたのは事実であるかもしれないが、副審がカバーできていたと感じるためよい進行をしたと思っている。

試合はといえばフレンドリーJrユース vs 清和Jr Nasarotということで、両方とも二回目のチーム。
清和は地元であるため立石中学校で見知った顔もいる。
結果は2-0でフレンドリーの勝利であった。
審判としてどちらかに肩入れをするわけにも当然いかないわけであるし、ゲームはゲームとしてみなければならないので、試合中は「知っている子供」という意識はない。

この試合で素晴らしかったのは応援をされた保護者の皆さんであろう。
罵詈雑言など一切なしで、いわゆるお母さんの黄色い声援という感じで「頑張れ?」とかチャンスに「いけ?」というようなものであり、非常にすがすがしい応援であったと思う。
これは両チームの保護者の方に共通していると感じた。
それもあるため審判もジャッジに対しての不満などが聞こえてこないため、試合に集中できるというよい結果を生み出し、試合は素晴らしいものになると思っている。
無論トーナメントであるため勝者と敗者になってしまうのであるが、勝つだけが全てじゃないのだし、子供たちにとってまだまだ今後のサッカー人生が続くのであろうため、この一回の敗戦でどうこうではなく頑張っていただきたいものである。

アセッサーの方から癖を直すように二点言われたので注意をすることがあった。
一発で左利きだというのを見破られたし^◇^;
そして「体が大きくて見栄えがする」というご意見をいただき、審判として堂々として見られる特徴を持っていることを指摘していただいた。
昔は「見た目」だけを強調されたので嫌な感じがしたのであるが、最近はそれも一つの特徴なのだと考え、よいように考えるようにしている。
大きくはっきりみえるのであれば、それに見合ったジャッジを行えばいいだけである。
「男前」ってのはどうかとは思うが(笑)

しかしお褒めいただき感謝である。
また審判に取り組むいい機会になったと感じる次第。

日本水泳が危機である。

日本の競泳チームは契約の関係上、MIZUNO、asics、デサントの水泳着を着用しなければならないわけであるが、さんざんワイドショーなどでも取り上げられている通り、SPEED社の水泳着が優れているようでタイム差が相当あるようだ。

このまま行っては間違いなくオリンピックで惨敗することは必至と見られているわけだが、この三社が5月末までに新素材を開発、投入しSPEED社に対抗するのはほぼ絶望的である。

これら日本の三社は自社のプライドがあるのかもしれないが、残念ながら惨敗してしまえば当然ながら消費者も「なんだSPEEDのがいいじゃん」とそっぽを向かれる可能性だってあるし、一部商品不買などの抗議行動にでるやもしれないようなことなのだ。

そしてどうしても日本製で・・・というのであれば、実はとっくに開発されている水泳着素材がある。

山本化学工業が発表しているものがそれである。
http://www.yamamoto-bio.com/yamamoto_j/sports.html

“魚の泳ぎに学んだ水着を開発”とは、サメ肌水着がでたときに「つるつるよりもすげぇんだ」と思ったものだが、さらに上を行くものを作ったということなのだ。
この製品もワイドショーなどでとりあげられていて、山本化学工業も「どうぞ使ってください」と日本メーカーに呼びかけているわけだが、メーカー各社のプライドがずたずたになるためまだどこも採用を決めていない。

だが惨敗してイメージが悪くなるよりも「国産水着を共同開発」かなんかでぶち上げて、さらに勝つことができれば日本メーカーの威信も保つことができるだろう。
むしろやっかいなのは山本化学工業が国外メーカーと提携し、それこそSPEEDと対抗するようなメーカーが発売してしまえば、当然ながら日本メーカーのプライドもなにもなくなってしまうだろう。

この会社であるが聞いたことがない会社ではあるのだが、ウエットスーツなどで有名な会社のようで、昔ダイビングのインストラクターをしていた従兄弟が知っていたくらい「知る人ぞ知る」会社のようである。



サッカーなどではウエアの素材そのものでどうこうなるわけではない(余程トップレベルでない限り)のだが、水着はそのまま肌と水の間に入るものであるため、当然ながら重要なファクターとなる。
男子の競泳選手が全身タイツのように黒いスーツで覆われるのもまた不気味ではあるが、しかしこれは私が若い頃に「スポーツウエアはこうなる」というもので読んだことがあるものなのである。
筋肉を締め付け、空気抵抗や水の抵抗を減らし、疲れを軽減させかつ汗も蒸発させる・・・そんなボディスーツが未来のスポーツウエアなんてものであったが、水泳着はまさしくそうなったということなのであろう。

そういえば今年NSP CLUBでユニフォームを購入したのであるが、とにかく軽く、汗もすぐ乾かすので、疲れが軽減するという作用がある。
素材の進化というのはここ数年でもの凄く進んだわけであるが、その研究はナノテクノロジーと呼ばれている。
ただし安全性が全部保障されているわけではないので、なんでも新しければいいということではないらしい。

ミスターFC東京 アマラオの引退試合が調布の味の素スタジアムで行われた。

アマラオは高木とFCホリコシでチームメイトであり、高木の高校時代からの親友であり、私達の仲間でもある松本磨くんは東京ガス-FC東京で一緒にプレーをした仲間である。

そして昨日の引退試合には松本君も出場していたのである。

私は仕事で地方に行っていたのであるが、ぎりぎり間に合いそうであったため味の素スタジアムに行ってきたのだが、松本君を彼と認識してプレーをしている姿を見るのははじめてである。
国見高校時代には駒沢で選手権予選を戦っている姿をみたはずであるし、東京ガスの試合も見に行ったため彼の姿は見ていたのであるが、それが松本君だと意識することはない・・・というかただの一選手でしかなかったわけだ。

だから昨日の試合は初めて「松本磨選手」として意識してみた試合である。

かっこよかったねぇ!



さてクラブチームのほうであるが人数がなかなか増えず頭が痛いところである。
問い合わせはあっても移籍の制約があるため、最後には「やはり・・・」という方もいらっしゃる。

私達は絶対に「うちへ来い!」なんてことは言いませんが、もし私達のチームに移籍したいというお子さんがチームに言っていらして、絶対に戦力として残したい人材でないとしたなら、出場機会のためにも移籍させていただければ・・・なんて思ってみたりもします。
うちは多くても16名(高学年は最大22名)と一人のコーチが見られる最大の数までしか入れるつもりはありません。
それは将来にわたっても22名というのがぎりぎりで、その場合は二人のコーチで見ることにすることを決めています。

ただ現状において6名コーチがいるにもかかわらず、子供たちの数が少ないのが難点です。
今後も宣伝活動に力をいれ、また森本氏の力を借りて少しずつ大きくしていければと思っています。

土曜日の練習・スクールですが結果として雨が降ったのでできなかったわけですが、金曜日に中止としました。
理由は高木が捻挫をしてしまったためです。
・・・が、高木と私が彼の怪我のときにどうするべきかをきちんと考えていなかったことと、怪我の状態がひどいようだったため私までがパニックになってしまい、休みと決めてしまいました。

しかしその日の夜に保護者の方と話をして「クラブチームとしてパート的なコーチも、工藤もいるのだから」とおっしゃっていただき、高木に教わりたいのはやまやまだがクラブとして練習をしてほしいと言われました。
自分自身C級を取得し、高木と毎回話しをしてそれなりにできるはずなのですが、高木という存在が逆にプレッシャーになっていたようで、自身のやり方を考えさせられることになりました。

17日の練習から高木は復帰しますが、まだ当然ながらボールをきちんと蹴ることはできないでしょうが、私なりパートコーチなりがいるのですから、自信を持って臨みたいと思います。
保護者の方に変な心配をかけてしまったこと、大変申し訳なく思っています。
阪神のアニキ!・・・・・といいながら、考えてみれば年下なんですよね・・・悲しい(笑)

一昨日の巨人戦で木佐貫投手から頭部へのデッドボールを受け、球場全体が肝を冷やしたわけですが、次の打席でホームランをするという鉄人ぶりを発揮した。

私はこのホームランは狙って打ったのではないかと思っている。
ぶつけた木佐貫に心配をさせないためであり、ファンに自分は大丈夫だよというメッセージであったりということではないかと。
その意味で金本選手こそ「漢」であり、だからこそ鉄人と呼ばれる選手なのだと考えるのだ。

野球の話をほとんど書かないわけですが、セ・リーグは阪神、パ・リーグは北海道日本ハムを応援している。
実はね^◇^;
4月下旬くらいときいていたライセンスカードの到着ですが、ゴールデンウイーク明けの昨日届きました。
D級ライセンスを持っていた方は4月中旬に届いていたのですが、初めてライセンス受給する方はこのタイミングだったようです。
いくら修了証が届いたといっても、やはり心配だったわけでほっとしました。

早速Kick Offでログインしてみましたが、まだリフレッシュ研修がないようなので、夏以降に受講していければと思っています。

ところで高木成太ですが、6月のB級指導者講習会を受講することになりました。
横浜FCからということでの受講で、Jリーグ経験者枠ということでしょう。
高木としてはユースまでの年代を育成したいということもあり、B級まででと言っています。
私は社会人の監督という立場もありますので、機会があればA級までチャレンジしたいと考えています。

NSPクラブとして、指導者も育てると宣言していますので、まずは現場責任者の高木、代表としての私が先を行かなければ、当然ながら後の世代はついてこないでしょうから、私達が頑張らなければなりません。

正直なところライセンスというのは必要ないかもしれないと感じますが、しかしながら同じ能力を持っていたとして、保護者の方や第三者が見た場合、ライセンスの有無は「わかりやすいこと」になるのだと思っています。
ライセンスがある場合は少なくとも勉強しているわけですし、私達のように指導者間でのつながりを持ち、情報交換をして、新しいコーチ発掘などを行っています。

そして今は高校の先生などもA級やS級のライセンスを取得している素晴らしい指導者となっているため、ライセンスを持っているということはわかりやすいのだと考えています。
無論ライセンスを持っていたとしても「なんちゃってS級」と思われる人もいたりしますが、少なくともS級を持っているということはS級を取得するための勉強をして合格をしたわけで、いつであれS級を取得したのは間違いがありません。

B級は1週間の合宿研修が二回ありますから、サラリーマンの方では大変かもしれません。
ですが機会があればチャレンジしてみるというのはいいことかもしれません。
私の知り合いにも某少年チームのC級コーチがいるのですが、受講時にJビレッジの短期コースで取得したのですから、一週間会社を休んだのです。
そういうサッカーに熱心な方こそB級を目指しているのでしたら取得をしていただきたいのですが、残念ながら推薦の枠が少ないというのが現実です。
半分以上がJリーグ枠ですから、当然といえば当然なのですが・・・
SUPER AGURI、F1撤退 苦渋の決断・・・ 06/05/08 16:33

スーパーアグリF1チーム(SAF1)は、6日(火)、F1世界選手権から撤退することを決定した。2006年からプライベーターチームとしてF1に参戦し、昨年はチーム結成22戦目(スペインGP)で初ポイントを獲得、2007年のランキング9位という成績を残したSAF1のF1における活動は本日、その幕を閉じることになる。

鈴木亜久里 チーム代表

「F1チームオーナーになるという私の昔からの夢を実現すべく、2005年11月にF1にエントリー申請をし、2006年よりスーパーアグリF1チームとして、2年と4カ月にわたりF1の世界で戦ってきたが、本日その活動に終止符をうつことになった」

「多くの自動車メーカーが参戦しているこの世界でプライベーターとして戦いを挑み、昨年はチーム参戦から、わずか22戦目にして初ポイントを獲得しランキング9位となる快挙を達成することができた。しかし、昨年のシーズン初頭から、パートナーとして一緒に戦っていくはずだったSS United Group Company Limitedの契約不履行によりチームは経済的なバックボーンを失い、経営は非常に厳しい状況に追い込まれた。また、カスタマーカーに関する方向性の変化などチームをとりまく環境変化もあり、チームは新たなパートナー探しを精力的に続けてきたが、その活動は難航した」
「その間、ホンダから支援を受けながら、なんとか今日まで持ちこたえてきたが、現在のF1を取り巻く環境の中で、今後も安定的に活動を継続していく目処が立たず、本日、F1から撤退するという苦渋の決断を下すこととなった」

「ここまでチームを支えてくれたホンダ、ブリヂストン、そしてスポンサーの皆様、いろいろな状況の中でアドバイスを頂いたF1関係者の皆様、チームが苦しい状況の中でも、モチベーションを絶やさず働いてくれたチームスタッフ、厳しい状況の中でも頑張ってくれたアンソニー、チーム立ち上げから一緒に戦いチームを引っ張ってくれた琢磨、そして、これまでSAF1を応援してくれてきた世界中のファンの皆様に最大の感謝を表したい」

(SUPER AGURI F1 TEAM プレスリリースより)
F1-Live.com
RACING-LIVE Japan
日本人による一から作り上げた初のフル参戦プライベーターが幕を閉じた。
結果としてはパートナーの契約不履行であったのだが、残念ながらそれんを耐えることができないプライベーターの辛さであろう。

また昨日のエントリーに「HONDAが本気だからこそSUPER AGURIを突き放している」と書いている通りのようで、即時撤退ということは結果としてHONDAが「できるのか、できないのか」と即答を求めたのだと考える。
ニック・フライは別としてHONDA本社としては鈴木亜久里氏、佐藤琢磨という二人の日本人を抱えているチームになんとかしたかっただろうが、HONDAとしても本気で勝ちに来たからこそニック・フライ氏を招いたわけで、足を引っ張られることになるのは避けざるを得なかったのだろう。

もちろんGT500などでHONDAとSUPER AGURIの関係は即座に終結することはないであろうし、今後もパートナーシップを保っていくのではないかと考えるわけだが、残念ながらフォーミュラワンは甘くはないということと、必要な経費がそれらの比ではないということだ。
中嶋悟さんがでないのは、結局そういうことなのだと思っている。

無論SUPER AGURI F-1 Teamを応援していた一人であり、佐藤琢磨はトップドライバーに食い込む実力者だと思っているのだが、残念ながらその機会はかなり少なくなってしまったといわざるを得ない。
可能性としてはこのタイミングでルーベンス・バリチェロのフォーミュラワンから他カテゴリーへのスウィッチが流れていることを考えれば、HONDAの営業的にルーベンスの後に琢磨を乗せようとしているのかもしれないという噂を先走らせようとしているのではないかなどと邪推したくなる。

そして琢磨の引退後は中嶋悟DNA No.2でSRS-Fで速さをみせた中嶋大祐を乗せて活躍すれば、HONDAの営業サイドとしては万々歳であろうから、大祐が21歳くらいで活躍しはじめるまでの2年くらい・・・なんて考えをしてもおかしくはないだろう。
なんせSUPER AGURI消滅を惜しむファンがHONDA本社前に集まっているというのであるから、HONDAも営業的なことを考えざるを得ないのは間違いないだろうから。

北区一部リーグが本日行われ、昨年9勝1敗の東京ライトイヤーズさんと戦い2-1(前半1-0)で辛くも勝利した。

先週は圧倒的なポゼッションでありながら0-1の敗退と悔しい思いもしたが、今日は攻撃陣が頑張ったということだ。
ありがとう。

練習参加していなかった一人を除いて全員が出場するという総力戦であったが、とにかくなんとかなった。
うちがポゼッションでリードされる(4:6くらいだろうか)というのが久しぶりであるが、どうして勝ったというのは奇跡ではなく現実である。
今までやってきたことがようやく身になったということだろう。

問題点はまだまだあれど、とにかく一勝したことが大きいと思うし、また25日の北区は勝利を目指して精一杯頑張ろうと思う。

しかしライトイヤーズさんは強かった。
3バックでのラインコントロールは巧いし、なによりロングフィードが正確である。
危うく裏を取られそうになったものもいくつかあるほどで、勝ったのはラッキーもあるのは間違いがない。
サイドバックの上がりはあおちゃんが一生懸命やって、残りわずかというところでつってしまった。
彼に負担をかけすぎたというのは間違いがないだろう。

ただライトイヤーズさんの選手は短気な方が多いように感じた。
審判に対する暴言であったり、こちらの言うことをいちいち真に受けて文句を言ったり・・・
ちなみに私も出場してから二人の選手の気に障ることをちょこちょこ言っていらいらさせていたのであるが、どんなことをしてもマイペースでいなければ結果として自分の有利なことにはならないだろうということ。
これを相手チームから学ばせていただいたのは大きなことだと思う。
ライトイヤーズさんには申し訳ないが、43歳のおやじプレーヤーとして「わざといらいらさせる」言動をしていたのは、こちらのペースにするためである。

次戦までにはなおしていかねばならないだろう。
やはり公式戦は競争意識がなくては勝ちきれないというのがイメージできた。
もう一度さまざまなところでメンバー集めをして、よりポジションごとの争いを多くしていきたいと思う。

それが私達の勝利になるのであれば、厳しい言葉は私が受けようではないか。



それにしても今年に入ってから非常識な人を何人か見ている。
新入部を考えている方はこちらをよく読んでいただければと思っているが、極々当たり前のことしか書いていないのであるから真っ当な方であれば普通に流していただけるだろう。

まずはドタキャンをしない人。
欠席も最低限であり練習も練習試合もきちんと参加してくれる人。
最低でもやはり八割程度の参加をしていただきたいと考える。

それから入って最初の頃は出場機会が少ないと覚悟していただきたい。
たまにいるのだが、出場時間が短いからとか、今日は初めてなので出られるかどうかわからない、というような時に我慢ができる人。
本当にこういう人がいるのだが、出そうと思って後半10分にベンチを見ると、怒って帰っているってのがあったのである。
監督である私にプレーを見てもらったわけでもなく、信頼できる選手から紹介を受けたわけでもなく、元プロで活躍していた選手でなければ当然ながらいきなりフル出場などできるわけがない。
もちろん私や選手達に信頼が得られ、ポジション争いに勝ったのであれば当たり前にフル出場していただく。
というか、出てもらわなければ困る!ということになるだろう。
先に書いたような非常識な選手はいらない。

最後にお金の問題をきっちりできる人。
ユニフォーム代で新品が25,000円程度、運営費がタイミングによるが5,000から10,000円程度、保険が1,500円一年間にかかるのであるが、それを遅滞なく払うことができる人。
どんなに上手な選手であったとしても、これを守ることができなければアマチュアチームではなりたたないのである。
ユニフォーム代を初年度に払ってしまえば、翌年度は運営費(15,000円程度)と保険代だけで済むようになるのだから、その後は二部にでもあがらない限り大きな持ち出しはないだろう。

あ・・・もう一点。
できれば審判資格をとって協力してくれる人。
個人的にはアマチュアは相互に行うべきだと思っている。
だからこそ審判資格は取っていただきたい。

そんなところである。

今年に入って非常識な入部希望者は五名。
ドタキャンして「もうチャンスをくれないのですか?」「一度遅れたくらいでひどい」と送ってきた人。
メールでさんざん連絡をしているのだが、結局連絡がなくなりどうしたいのかわからない人。
練習試合に初めて参加して出場できないからと怒って帰る人・・・(公式戦なら基本的に出せるわけがない(笑))
金を払わない人。
こんな人じゃなければいつでも歓迎いたします。

そうだ・・・初心者の方はSIMBAなど他のチームにお申し込みくださいm(__)m

マグナ・グループとの交渉が頓挫し、HONDAから「一戦毎の支援は今後しない」といわれているSUPER AGURIであるが、またしてもドイツ企業(マグナもドイツ企業で、資金の出所がドバイであった)のワイグル・グループが株式の一部買取と将来的なパートナーシップを結ぶための最終交渉に入っていると表明している。

マグナのときは企業側からのアナウンスがなくなってしまい話が消えてしまったのであるが、今回はどうなるのかというのが非常に気になるのであるが、実はHONDAが支援に対して前向きな表明をしていないことで、私はHONDAの本気度がものすごいものであることを感じている。

つまりはニック・フライは本気でHONDAをトップチームにしようとしているのであり、弱小であり続けHONDAの支援ばかりをお願いしてくるようなチームは不必要であり、本当の意味でのHONDAのパートナーとなれないチームは不要だといっているように感じるのである。
これはチームとして正常な方向であると感じるわけで、佐藤琢磨の将来がかかっているなんて浪花節が聞こえてくるわけであるが、そんなものでレースに参加していることに意味はないとHONDAは表明しているというわけだ。

HONDAは勝たなければHONDAではないというのは、第一次、第二次HONDAであったわけだし、第三次は制約の中でやっているとはいえ、たった一勝しかしていない状況では、レースに参加している意義がそろそろないだろうと判断し始めたわけであろう。
だからこそニック・フライというプロ中のプロを雇ったわけであるし、BARを買い上げたのだと考えられるわけだ。

バトンの賞味期限は・・・なんてこともあるかもしれないが、少なくとも有数な才能であったバトンが活躍し切れなかったのは間違いなくHONDAのせいであるのは間違いないわけであるし、日本人としても有数の才能であった佐藤琢磨を生かしきれなかったのはBARでありHONDAである。
だからこそ今きっぱりとしなければならないわけで、HONDAのパートナーシップを結ぶにふさわしい相手になってほしいということもあるのだと考えたい。

でなければ浪花節大好きな日本人に対して、ニック・フライがいくらトップであったとしても、本社であるHONDAが「OK」を出すことの意味が理解できなくなってしまうのである。
つまりはレース界の常識として、当たり前のことをHONDAは考えているのである。

もちろんSUPER AGURIが今後もHONDAと共にパートナーシップを組み、佐藤琢磨がトップグループの次くらいでゴールできるようなチーム体制になるのが最も望ましい姿ではあるが、それができるのかどうかはSUPER AGURIにかかっているのである。
ということで、都学連春季対抗戦(3,4部)の主審をやらせていただきました。

東京工業大学 2(2-1)2 武蔵工業大学

の引き分けでした。
しかも後半ロスタイムに入る直前の得点でしたので、ホームの東京工業大学にとってはきつい試合だったでしょう。
試合後、東京工業大学の選手と話しをしましたが、ロスタイムに武蔵工業大学の決定的チャンスがあったのを相手がびびってシュートをちゃんとできなかったというのがあるため、負けに等しい引き分けと言っていました。
ポゼッションから行くと東京工業大学の方が上なのですが、結果としてゴールに結びつくプレーが少なかったということなのだと理解しています。

後は武蔵工業大学のセンターバック二人が頑張っていたからでしょうか。
それと左バックの彼も安定していた感じがします。

ジャッジメントで迷うことはありませんでしたが、やはり選手は自分の判断でゲームを止めてしまおうとします。
そこで気持ちを切ってはいけないのですが、なかなか難しいことなのかもしれません。



さて先ほどまでフリーサッカージャーナリストの森本高史氏と話をしていました。
6日の北区リーグで副審をお手伝いいただけるとのことで、前審で選手を疲れさせなくて済むので助かります。

そしてそこから一時間以上の熱いサッカートークでした(笑)

ある特定の選手のことだったり、某外国人選手の中東移籍の話だったり、岡田ジャパンではとてもではないが上を目指すことはできないだろうということ、役員の飲み会になっている東アジア選手権は・・・森本=U-23でやればいいのでは?、工藤=そもそも東アジアで戦っても強化にならない・・・という話などしてきました。
結果として共通だったのは私は東アジア選手権よりは中東でのアウェーゲーム、森本氏はヨーロッパでのアフリカ勢とのゲームが日本代表の強化につながることだろうということです。
つまりは東アジア選手権などはフル代表にとって無意味であろうということだと考えているわけです。

川淵さんの後は早稲田閥じゃなくてJリーグが主導でサッカー協会の運営に携わっていくだろうなんてことだったり、シャムスル・マイディンの現況だったり・・・本当にいろんなことを話しできる相手です。

審判で笛を吹かせていただくことも勉強になりますが、こういう友人との会話もサッカーを深く考えるための勉強になっていると思います。
そういえば松浦さんのところの選手が・・・って話題もあり、昨日森本氏と松浦氏が会っていたようですが、それはまた別の話です。

ちょっと楽しみだったりします。

都学連三部四部の公式戦とのことで、どんな感じなんだろうなぁと思っています。
いわゆるサッカーを知っている人でも関東学連クラスしか知らない人が多いであろう中で、都学連とは果たして・・・というカテゴリなのですが、これが本当のサッカーをやっている人たちの入り口なんだろうと思っています。

強豪やJリーグばかりがサッカーでは当然ながら注目されるわけですが、実際サッカー人口で一番多いのはこうしたエントリークラスの人たちなわけです。
それがどういうゲームをしていくのかというのに大いに興味がありますし、自身言うのもなんですがそれなりのレベルのレフェリーがついてやることができるわけですから、どういうゲームになるのかというのが思うだけでも楽しみなのです。

審判でゲームを壊すことははっきり簡単です。
なんせいい加減なジャッジをすればいいのです。
しかし私はそんな程度の審判なら必要ないとおもっていますし、私の管轄チームではそういう審判を出さないように気をつけています。

昨年も葛飾区でありましたが、試合中の敵、味方関係なく暴言をはく選手を審判が止められなかったことから、ゴールキーパーとして交代出場してしばらくしたところでアピールした私に対して「てめぇベンチにいた時から狙っていたんだからな」と最低でもイエローカード対象の暴言をはいたわけです。
しかしそれまでの流れで審判が恐がって注意さえしなかったせいで、結果として試合が完全に荒れてしまいました。
あのような試合では審判は毅然として臨まなければなりませんし、審判に暴言ではなく手でも出そうものなら一発レッドですから、ゲームに対して選手がどう臨むのかというのを教えるには最適なはずです。
ところがその程度のことを審判経験が浅いことからできなかったのです。
まあそれは百歩譲って「経験不足」としてもいいでしょう。

最近ではS2だS3だという審判でも結局「近い場所で見ていない」というため、結果としてファウルを見切れていないというのが非常に気になります。
また見切れていないからこそファウルを逆の相手に取ったりすることがあるのです。
こういう時は私も珍しくベンチから大きなジェスチャーでアピールします。

うちのチームはすっかりポゼッションサッカーとなってしまい、ゴールが遠いのにポゼッションだけは圧倒的になってしまっていますが、ポゼッションが多いだけに審判から見て先にうちの選手がボールに寄るものですからうちの選手がファウルを取られることが多くあります。
ところが審判目線で私が見ているものの多くは、残念ながらファウルではないものや逆に挙げているものが散見されるわけです。
少なくとも80%以上が選手、ベンチと判定が一緒でなければ当然ながら試合として結果を問わず互いに納得いかない可能性が高く、試合後に暴れてしまいたくなる気持ちもよくわかります。

私は東京都所属のアクティブレフェリーとして、それを守るように努力していますし、アクティブでやっている人全体がこれ以上なのだと示すことにより、アクティブレフェリーだと「間違いが少ない」と理解してもらえるようにとやっています。
そしてジャッジメントとはJリーグでもそこらへんの四部リーグでも同じ笛にしなければならないと思っています。
ですから審判として研鑽する必要があると考えていますし、若い世代を「ただサッカーをやるだけ」ではなくサッカーをやるために審判も必要なのだという意識をつけていきたいと考えています。

審判として最高の試合は「一度も笛を吹かない試合」だと思っていますが、現実的にはありえません。
ですから今までで一番うれしかった試合といえばなにかと問われれば、派手に負けたチームから「今日のジャッジ最高でした」といわれたときだと・・・無論いやみではなく・・・そう考えています。
0-14、0-8という試合を吹いたことがあるのですが、審判をしていて結果は負けたチームにとって辛いものだと思いますが、そこで審判がいい加減になってしまっては当然ながら敗退したチームも納得がいかないでしょう。
最後まで公平な笛を続け、負けたけれどいい試合だったと言ってもらえるような、そんな審判としていられれば最高なのかな?などと思っています。

ただ一番難しいのは終盤あと1分で追いつかれた試合なんていうのは、当然ながら追いつかれたチームは腹立たしいものです。
事実、T-3で高校生にホイッスル後に食いつかれたことがあります。
でもジャッジメントは公平にしているつもりですし、選手からの目と審判からの目は違います。
そして審判は100%ではありません。
その部分に対しては私も選手としての目でわかっていますから、審判を欺こうとするプレーをすることもあります。
しかし審判はそれを見る努力をしなければなりませんし、レベルを上げるというのはそういうずる賢さを見破る目を持たなければなりません。
そのために都学連からT-1まで審判をさせてもらえるのは、私にとって審判技術研鑽とそれぞれのレベルを知ることができるチャンスだと思ってやっています。

そういえばT-3の試合で都立保谷高校のキャプテン4番の選手がゲーム中に言っていたことがあります。
「この審判ファウルをあまりとらないから」というものでした。
これは半分正解で半分大間違いです。
ファウルを取らないのではなくファウルに値しない「当たり」と、ファウルがあったとしてもプレーオンで状況を見るようにしているからです。
審判とはゲームを切るのが役割ではなく、ゲームを円滑に進行させるのが役割なわけで、ファウルがあったら脊髄反射で笛を吹くなんてのは愚の骨頂です。
守備側のファウルで、直後にゴール前に持ってシュートまで行きそうなボールなのに笛を吹かれてしまっては、攻撃側はやりきれない思いになるでしょう。
守備側としてもカウンターになるプレーで・・・となれば当然です。

それからファウルに値しない程度の「当たり」でアピールして勝手にゲームを止めようとする選手が多くいます。
これは都二部レベルでも相当数います。
試合を止めることができるのは、ゲームにおいては唯一主審だけです。
勝手に自分がファウルを受けたと思ってゲームを止めようとする選手は、残念ながらさらに上のレベルに行くことは難しいと思われます。
私は下手でもフォワードとして足を引っ掛けられようとも倒れないでそのままゴールに向かっていく努力を、転んで背中をつけるまで続けました。
審判目線で「そこで転べばファウル」というのがあるんですが、勝手に止めてしまっては「ファウルにならないところでそのプレーが止まった」となるわけで、選手は審判の目を知ればどうなるかというのをおのずと理解できるようになるはずです。

フリーライターの森本氏は墨田下町蹴球団を率いていたとき、数々の審判のチャンスを棒に振ってきました。
「僕は審判をやる人じゃない」なんて思っていたそうですが、今では「なんてもったいないことをしたんだ」と言っているほどです。
また彼はNSPクラブの審判員でもあります。
少しでも高いレベルの審判をやるために、私や台東区の審判委員会などで彼のチェックをしています。
鈴木という審判と共に、二人を今後は東京都のアクティブに登録しようと思っていますし、もう一人船場という元選手も上級を目指すためにどんどん笛を吹いて、旗を振ってもらおうと思っています。

まして今はうちには強化審判員までもが帯同として入っているわけです。
私の審判への思いは、彼らに伝えていくことができればと思っています。

実はサッカー以外にもちょこちょこスポーツをしたのであるが、テニスはサッカーについで長く続けているスポーツである。
といいながらここ一年くらいはサッカーに力を入れているため、ラケットを握ることはないのだが、ラケットは同じものをびしっと揃えて大会にも出られるくらいである(笑)

そもそもテニスを始めたのは高校のサッカー部が弱くて、クラブチームでやっていたため学校から「部活をやれ」といわれたからである。
折りしもテニスブームと重なり、ビヨン・ボルグにあこがれ平日午後の火・木はサッカーの練習だったが、朝は早起きをしてテニスをしていた。

テニス部という枠組みを嫌い、結局は半年でやめてしまったのであるが、その後は河川敷のコートで知り合った人たちと作ったテニスクラブ(コートを札幌市から貸与していただいた形)から、成人の大会に参加していた。
サッカー以外でがっちりやったのは34歳からの3年間の野球と、この時期のテニスであることは間違いがない。



ということで当然ながらテニスも好きになってしまい、女子の伊達公子の活躍というのはわくわくしてみていたものである。

世界トップクラスで戦うことのできる選手ということで、四大オープンのときなどは寝不足で会社に行ったものである。
そんな彼女がシュテフィを破った年に電撃の引退発表。
日本で杉山がようやく「まあ活躍した」というシングルスレベルしかなくなり(杉山のダブルスはトップクラス)、残念な思いをしていたのであるが12年ぶりに現役復帰をした伊達公子あらためクルム伊達公子は、選手としてというより若い選手のお手本として日本に必要な人だと思う。

夫のミハエル・クルムはGTなどのトップドライバーであり、こちらも大好きな私としては・・・といいながら、クルムってトヨタだったから嫌いだったんだけれど(例え友人でもトヨタに乗ると一切応援しない)現在はニッサンなので応援している選手。
まあトヨタに乗っていようとミハエルのキャラクターの素晴らしさは、サーキットのあちらこちらで聞こえてくるほど。

そんな夫の理解があり現役復帰をしたクルム伊達は、コートに苦しみながらもそのプレーを見せている。
なによりも彼女の活躍をぼんやりとしか覚えていないような選手や、平成生まれで彼女の活躍を知らない選手などにとっては、世界でトップクラスだったその精神力やプレーの持って生き方などを戦いの中で学んでいただきたい。
クルム伊達としても自分と戦った子供の中からもしトッププレーヤーが生まれたとしたなら、今回の現役は大変うれしいものになるに違いないし、彼女にとってそれが最大の目標かもしれない。

37歳で四大大会にて大活躍をするなど現実ではないわけであるが、ダブルスの中ででもできることはあるだろうし、彼女のヒッティングパートナーを務めるだけでも充分若い選手には勉強になるはずである。
今回の復帰は少しでも息を長く、そしてリラックスしてできることであろうから、ぜひ楽しんでいただきたいとも感じる。

男子では錦織圭という彗星が現れたわけで、松岡修三以来で最も期待される選手で、松岡以上の活躍をしていただきたいと願うばかりである。
そして女子でもクルム伊達に触発され、トップレベルへと上っていく若手が出てきていただきたいと願う。
そのためにもクルム伊達には頑張っていただきたいと考えるのである。
昨日、高木がお世話になっている会社の方とお会いしてきた。
私達の活動を知っていただき、協力していただけないかとのお願いと、私という代表を知っていただく目的でもあった。

私達の最終目標はどこにあるかといえば、決して環境で恵まれていない(場所やコーチの質)下町の子供達に、より良い環境を与えるための努力をし、スポーツが根付いていくことである。
プロを育てるための強化だけをするとか、小学校からセレクションをして大量の子供を集めて全国大会に出るとか、そういう意味でクラブを立ち上げたわけではない。

結果として素晴らしいものが残っていくのであれば問題ないが、最初から目的をそこに持っていく気はさらさらない。
下町の子供達がスポーツを通して楽しむことができるようにと考えており、それは私達のクラブだけではなく、葛飾区、墨田区、台東区、足立区、江戸川区という重点的に考えている子供達によいコーチングや環境を与えられるようになりたいだけなのである。

そこに賛同していただける方がいらっしゃるので、私達はまだまだ小さくとも頑張っていくことができるのだ。

前にもBlogで書いたのだが、下町の区サッカー協会の中には子供の移籍を自由に認めなかったり、スクール参加もチームの許可が必要だったりする。
私はこの考え方に諸手を挙げて賛同できないが、ルールとして決められているのであれば仕方がないと考える。
ただし日本サッカー協会の指針とは違うので(移籍などは自由となっている)、個人的には変えていく努力をしていこうと思っている。

これは私達のチームがというのではなく、子供だってチームが合う合わないということもある。
しかしそれまでをも認めないというのは、いかがなものかと思うのと、私自身PTA会長という立場から考えれば、子供の社会の中に事実としていじめなどの行為があり、それを運営側が知らないでいたとしたらどうなるか・・・考えていただければと思うのである。

そして前々から書いていることであるが、私達のチームは学年に人数制限を設けている。
16人程度としているのは、指導者講習会で言われた人数でもあるのだが、実際に子供達を前にして一人のコーチが見ることのできる限界であるからだ。
あるチームでは一学年30名ほどいるわけだが、試合に出られるのはせいぜい20名くらいで、あとの10人程度はコーチが教えてもいないで隅っこでパス練習程度なんてことも聞こえてきたりする。
これでは試合に出られない子供は余計にスキルアップなど望むことができない。

私達はそれを避けるべく、ジュニア年代においてはセレクションを行わない方針であり、もし申し込みが多かった場合にどうするかと考えると悩ましいのであるが、その時は子供の熱意ということになるだろうか。
一生懸命に取り組む姿勢だったり、サッカーがどれほど好きかということになると考えている。
だいたい小学校一年生でその後のサッカースキルが判断できるような子供は、ごく僅かでしかないと考えられるし、その後のコーチングによってかなりの幅があると考えている。

高木という元プロだけではなく、うちは6名のC級コーチ(高木を含む)をかかえ、実際に活動しているコーチばかりである。
仕方がなくコーチライセンスを取ったのではなく、コーチをするためにどうするかと考えたメンバーばかりで、将来的にはこういう人材をどんどん増やしていきたいと思っているし、社会人チームの中からも育てていこうと考え、事実何人かには声をかけ二年後、三年後のC級指導者受講を計画している。

また指導者だけではなく審判を育てることも一緒に必要だと考えており、トップであるNSP CLUBでは東京都のアクティブレフェリーである学生を帯同としているし、私自身もアクティブとして審判をしているため、審判をどんどん育てるつもりでいる。
当然ながらクラブチームとして「やりたい人」がやるのと「仕方がなくやる人」では差がつくのは当たり前である。
ただし保護者の中でも審判で、指導者で目覚める方もいらっしゃるため、そういう方も他のチームでも構いません、相談していただければアドバイスできると考えています。
無論私達のチームに引っ張るのではなく、そちらのチームで指導者として審判として活躍していただくために協力いたしますとのことである。

自分たちのことだけを考える、そんなせこいことでNSPクラブを作ったのではありません。
下町の子供達のために・・・それが目標です。

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