審判としても考えるということ

今年も東京都の審判員として、東京カップを担当させていただきました。
東京カップというのは東京都社会人の天皇杯予選をさします。
これは審判員にとっては研修会でもあり、第三者から評価される貴重な機会でもあります。

とっくにベテランの域に入っている私としては、そろそろ指導をする側へのシフトが考えられるため、そういう第三者の意見を聞くことがたいへんに勉強となります。

そんな中で先日の研修後の打ち合わせではたいへんな勉強になりました。

トータルで考えてもブレがなかったように思うジャッジであっても、一つのミスがあればそれはブレがあったということ。

そして、それに対するアプローチはどういう基準で出てくるのかということ。

正確にルールブックの文言を引用するのはどうしてなのかということ。

いつも私達のように派遣を受ける審判員は、フィジカルチェック(主にクーパー走ですが)だけではなく、年に三度程度ルールテストを受けることになっています。
その中でいつも「規則どおりの文言で」条文などを書き出すことを求められます。

たまに「順番が違ってもいいじゃないか」とか「意味が同じならいいじゃないか」と思うこともあったのですが、先日の打ち合わせでその考えを改めることにしました。

正しく適用されるためには、規則どおりの文言が必要なのだということを痛感しました。

この解答を書いてしまうとみんな考えないで覚えてしまうので、皆さんにはなぜだろうと考えていただくためにここでは書きません。

しかし、サッカーのプレーヤーだけではなく、審判も考えなければならないということを思い知らされた感がありますので、私が審判の指導をする時には、こういうアイディアを持って臨みたいと思います。

それにしても、前にやった審判では監督やプレーヤーというのがルールを知らないというのを再確認することができました。

ゴールキックからのリスタートで必死に「オフサイド!オフサイド!」と叫ぶのです。

ほんと・・・ベンチにはルールブックを常備していただきたいと願う次第です。

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